なぜ人は「嘘だとわかっていても」広めてしまうのか?

この記事の読みどころ
  • 私たちは日々、正しい情報も間違った情報も混ざった大量の情報に囲まれている。
  • 情報を判断して行動し他人に伝えるには三つの段階があり、それぞれ必ずしも同じ結果にはならず、感情や社会的な要因が影響する。
  • 真実バイアスや情報過多の環境など、判断の偏りは人間の仕組みの副作用かもしれず、欠陥ではないと考えられる。

私たちは毎日、大量の情報に囲まれて暮らしています。
ニュース、SNS、動画、広告、友人との会話。

その中にはもちろん、正しい情報もあれば、誤った情報もあります。

しかし不思議なことがあります。

人はときどき、

・本当ではないと感じている情報
・疑わしいと思っている情報

を、それでも他の人に広めてしまうことがあります。

これは単なる「だまされやすさ」の問題なのでしょうか。
それとも、人の判断の仕組みそのものに理由があるのでしょうか。

近年、この問題は心理学や認知科学の分野で大きなテーマになっています。
とくに「認知セキュリティ(cognitive security)」という考え方が注目されています。

これは簡単に言えば、

人の判断や意思決定が、情報操作や誤情報からどれだけ守られているか

という概念です。

今回の研究は、この認知セキュリティという概念を、人の行動や判断の仕組みから説明する新しい理論モデルを提案したものです。


人はどのように情報を判断しているのか

私たちは、情報を見たとき、単純に「信じるか信じないか」を決めているわけではありません。

頭の中ではもっと複雑な処理が起きています。

まず、人は情報を受け取ると、

「この情報はどれくらい本当らしいか」

を評価します。

そして、その評価をもとに

・何を信じるか
・どんな行動をするか
・それを誰かに伝えるか

を決めています。

研究では、人の情報処理には三つの段階があると説明されています。

1 情報の真偽を判断する
2 その情報にもとづいて行動する
3 情報を他人に共有する

重要なのは、この三つは必ずしも一致しないという点です。

たとえば、

「怪しい」と思っている情報でも、
誰かに送ってしまうことがあります。

つまり、

判断と行動は同じではない

ということです。


人の判断は合理的な計算だけではない

研究では、人の判断を数学的なモデルで説明しています。

基本的な考え方はこうです。

人は情報を見ると、

「どの説明がもっともありそうか」

という仮説を頭の中で考えます。

そして、

・証拠の強さ
・可能性
・過去の経験

などを使って判断を更新していきます。

これは統計学で知られている
ベイズ推論(Bayesian inference)
という考え方に近いものです。

しかし、人間の判断は純粋な計算ではありません。

そこには必ず、

・感情
・価値判断
・社会的要因

が影響します。

つまり、人の判断は

情報 + 感情 + 社会関係

の組み合わせで決まるのです。


人間の思考には「クセ」がある

この研究では、人の判断のクセも説明しています。

たとえば有名なのが、

利用可能性ヒューリスティック

思い出しやすい情報を、実際より重要だと思ってしまう現象です。

ニュースで頻繁に見る事件は、実際より多く起きているように感じます。

アンカリング

最初に見た数字や情報が、その後の判断の基準になってしまう現象です。

最初の印象が、思った以上に強く残るのです。

研究では、このような現象を

認知資源の配分

として説明しています。

人の注意や思考のエネルギーは限られているため、

どの情報に注意を向けるかによって判断が変わるという考え方です。


同じ情報を繰り返すと信じやすくなる理由

もう一つよく知られている現象があります。

それは

真実錯覚効果(illusory truth effect)

です。

これは、

同じ情報を何度も聞くと、本当のように感じてしまう

という心理現象です。

研究では、この現象を数理モデルで再現しています。

理由はシンプルです。

人は基本的に、

「情報は正しい可能性が高い」

という前提で処理する傾向があります。

この傾向を

真実バイアス(truth bias)

と呼びます。

同じ情報を何度も見ていると、

「見たことがある」
「聞いたことがある」

という感覚が生まれます。

すると、

「それなら本当かもしれない」

という判断が少しずつ強くなるのです。


嘘だとわかっていても広めてしまう理由

この研究が特に注目しているのは、もう一つの現象です。

それは、

嘘だとわかっていても情報を共有してしまう

という行動です。

なぜこんなことが起きるのでしょうか。

研究では、その理由を

社会的価値

で説明しています。

人が情報を共有するときには、

・正しいかどうか
・社会的にどんな意味があるか

の両方を考えています。

たとえば、

・誰かとつながる
・話題になる
・反応がもらえる

といったメリットがあります。

もし、

「共有すると人とつながれる」

という価値が、

「間違った情報を広めるかもしれない」

というリスクより大きく感じられると、

人は共有を選んでしまう可能性があります。

つまり、

判断と行動の評価基準が違う

ために、このような矛盾が生まれるのです。


情報環境によって判断の危険性は変わる

研究では、情報環境も重要だと指摘しています。

世界には大きく分けて二つの環境があります。

一つは、

情報が少ない環境

です。

たとえば

・登山
・宇宙ミッション
・消防活動

などでは、情報が限られています。

もう一つは、

情報が多すぎる環境

です。

典型例がSNSです。

情報が多い環境では、

どの情報が重要かを見極めること自体が難しくなります。

研究では、この違いを

情報処理スペクトラム

として説明しています。

つまり、

・情報が少ない世界
・情報が多すぎる世界

では、人の判断の弱点も変わるということです。


この研究を行った組織

この研究は、アメリカの複数の研究機関による共同研究として行われました。

主な研究拠点には、

コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)
の航空宇宙工学部と認知科学研究所が含まれています。

また、

アメリカ空軍士官学校(United States Air Force Academy)

エンブリー・リドル航空大学(Embry-Riddle Aeronautical University)

の研究者も参加しています。

研究は、人間の意思決定を守るための理論を構築する目的で行われました。


人の判断は思ったより複雑

私たちはよく、

「人はなぜだまされるのか」

という言い方をします。

しかし、この研究が示しているのは少し違う視点です。

人の判断の弱点は、

単なるミスではありません。

むしろ、

・限られた注意
・感情
・社会関係

といった、人間の自然な認知の仕組みから生まれている可能性があります。

つまり、

人が誤情報に影響されるのは、

人間の思考が「欠陥」だからではなく、

人間らしい判断の仕組みの副作用

なのかもしれません。

そして、その仕組みを理解することが、

誤情報の時代において人の判断を守るための第一歩になるのです。

(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2603.01355

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