- ゴフマンのフレーム分析をインタビューの語りに当てはめ、経験がどう意味づけられて語られるかを探る新しい方法を提案している。
- ストリップ、一次フレーム、集合的フレーム、キーイング、ファブリケーションなどの段階で、個人の語りと社会的枠組みのつながりを整理する。
- 研究者の立場を前提にした分析で、経験の矛盾や揺らぎも社会的意味の一部として捉える「位置づけられた知」として進める。
経験は、どのように整理されるのか
私たちは日々、数えきれない出来事を経験しています。誰かと話すこと、街を歩くこと、ふとした違和感を覚えること。こうした出来事は、ただ起きているだけではなく、常に「これは何が起きているのか」という理解とともに経験されています。理由研究所が関心をもつのは、この理解のしかた、つまり経験がどのような構造をもって意味づけられているのかという点です。
本記事で取り上げる研究は、社会学者アーヴィング・ゴフマンの『フレーム分析』を手がかりに、インタビューという語りの中で、人びとがどのように自分の経験を整理し、説明しているのかを分析する新しい方法を提案しています。著者はリヴァプール・ジョン・ムーア大学のマイケ・ポッチュラートで、質的研究の方法論、とくに「語られた経験」をどう扱うかという問題に正面から向き合っています。
ゴフマンのフレーム分析が投げかけた問い
ゴフマンは、人びとが状況に直面したとき、無意識のうちに「ここで何が起きているのか」と問いながら世界を理解していると考えました。この問いに答えるために使われるのが「フレーム」です。フレームとは、出来事をどう捉えるかを方向づける意味の枠組みのことです。
同じ行動であっても、それが遊びとして理解されるのか、仕事として理解されるのか、冗談として受け取られるのかによって、その意味は大きく変わります。ゴフマンは、こうした意味の枠組みが重なり合いながら、私たちの経験が組織化されていく過程を理論的に描き出しました。
フレーム分析の難しさと限界
『フレーム分析』は、経験の社会的な構造を考えるうえで非常に豊かな示唆を与えてきました。一方で、その議論は抽象度が高く、実際の研究データ、とくにインタビューの書き起こしをどう分析すればよいのかが分かりにくいという問題も指摘されてきました。
その結果、多くの研究では「フレーム」という言葉だけが引用され、ゴフマンの議論全体が十分に活かされないまま使われてきた側面があります。ポッチュラートは、この状況を「最も引用されているが、最も誤解されている理論の一つ」として捉え直します。
インタビュー分析への橋渡しとしての新手法
ポッチュラートが提案する「トランスクリプト・フレーム分析」は、ゴフマンの理論をそのまま適用するのではなく、実際の質的研究で使える形へと再構成した分析手法です。この方法の目的は、インタビューを単なる発言の集合として扱うのではなく、経験がどのような意味構造をもって語られているのかを明らかにすることにあります。
重要なのは、この分析が個人の内面理解にとどまらず、複数の語りを通じて共有される意味のパターンを捉えようとしている点です。経験は個人的なものでありながら、同時に社会的な枠組みの中で語られている、という前提がここにはあります。
ストリップと一次フレームという考え方
トランスクリプト・フレーム分析の第一歩は、インタビューの中で語り手が「これは重要だ」と示している出来事を見つけることです。著者は、こうした出来事を「ストリップ」と呼びます。ストリップとは、行動、出来事、状況、考えなど、語りの中で切り出される経験の単位です。
次に注目されるのが、その出来事がどのような意味をもつものとして語られているかという点です。これが「一次フレーム」と呼ばれます。同じ出来事であっても、それをどう説明し、どんな意味を与えているかによって、経験の構造は大きく異なります。
個人の語りから集合的な意味へ
分析の次の段階では、複数のインタビューを横断的に読み比べ、似たようなストリップと一次フレームをまとめていきます。こうして構成されるのが「集合的フレーム」です。集合的フレームは、個人の語りを超えて、ある集団の中で共有されている経験の捉え方を示します。
ここで重要なのは、研究者自身がこの整理に深く関わっている点です。どの語りを似ていると判断するのか、どこまでを一つの枠組みとしてまとめるのかは、研究者の視点によって左右されます。この分析法は、そのことを隠すのではなく、むしろ前提として明示します。
パターンとしてのキーイング
集合的フレームをもとに、研究者は語りの中に繰り返し現れる共通のパターンを見出します。著者はこれを「キーイング」と呼びます。キーイングとは、複数の参加者に共通して見られる経験の語り方や意味づけの傾向を指します。
キーイングを通して、個々の語りが偶然の産物ではなく、社会的に共有された理解のもとで構成されていることが浮かび上がります。
矛盾を照らし出すファブリケーション
この分析法の特徴的な点の一つが、「ファブリケーション」という概念です。ファブリケーションとは、語られている出来事と、その意味づけのあいだに見られる、共有された矛盾や食い違いを指します。
ここで重要なのは、これが語り手の経験が「間違っている」と指摘するための概念ではないという点です。むしろ、人びとの意味づけが必ずしも一貫的でも合理的でもないこと、そしてその矛盾自体が社会的に共有されている場合があることを示すための分析装置として位置づけられています。
研究者の立場を含み込む分析
トランスクリプト・フレーム分析は、研究者が中立的な観察者であるという前提を取りません。どの出来事に注目し、どの意味を読み取り、どのように整理するのか。そのすべてに研究者の視点が関わっています。
著者は、この点を「位置づけられた知」として明確に意識することが重要だと述べます。経験の分析は、常に誰かの立場から行われている。その事実を自覚したうえで分析を進めることが、この方法の基盤となっています。
経験の整理を研究するということ
本研究が示しているのは、インタビュー分析とは、発言内容を分類する作業ではなく、人びとが世界をどう理解し、どう語っているのかを丁寧にたどる営みであるという視点です。経験は個人的なものでありながら、社会的な枠組みの中で形づくられています。
トランスクリプト・フレーム分析は、その両義性を捉えるための一つの方法として、経験のパターンだけでなく、矛盾や揺らぎにも光を当てます。経験がきれいに整理されたものではなく、しばしば雑然とし、食い違いを含んでいるからこそ、そこに社会のあり方が現れている。そのことを静かに示す研究だと言えるでしょう。
(出典:Qualitative Research)

