人はなぜ過激思想に引き寄せられるのか

この記事の読みどころ
  • 人が過激思想に引かれるのは、意味を失った感じ・世界を説明する物語・仲間のつながりという3つの要素が関係する「3Nモデル」で説明できる。
  • 物語は暴力を正当化する枠組みとして強く影響し、仲間がいると信念が現実の行動につながりやすい。
  • 対策は思想を禁止するだけでなく、社会で意味を見つけられる機会を増やし、物語を批判的に学ぶ教育と健全なつながりを作ることだ。

テロ受刑者41人の心理から見えた「意味」「物語」「仲間」の力

世界では長年にわたりテロ対策が行われてきました。しかし、それでも過激思想による暴力は完全にはなくなっていません。
なぜ人は過激な思想に引き寄せられるのでしょうか。

この問いを心理学の視点から詳しく調べた研究があります。
インドネシアのディポネゴロ大学心理学部インドネシア大学戦略・グローバル研究大学院、さらにメリーランド大学心理学部などの研究者が共同で行った研究です。

研究者たちは、テロ組織に関わった受刑者41人を対象に、アンケートと長時間のインタビューを組み合わせた調査を行いました。
その結果、人が過激思想に向かう背景には、いくつかの共通した心理的な仕組みがあることが見えてきました。

それは大きく言うと、

・自分の価値を失ったと感じる体験
・世界を説明する「物語」
・信念を支える仲間のネットワーク

という三つの要素です。

研究者たちはこれを「3Nモデル」と呼ばれる理論を使って分析しました。
そこから、人がどのようにして過激思想へと引き寄せられていくのかが、かなり具体的に見えてきました。


「意味を失った感覚」が出発点になる

多くの人が過激思想に向かう最初のきっかけは、自分の価値が失われたと感じる体験でした。

研究ではこれを「重要性の喪失」と呼んでいます。
人は、自分が社会の中で価値のある存在だと感じられなくなると、その状態を取り戻そうとします。

たとえば次のような経験です。

・社会から拒絶されたと感じる
・不公平な扱いを受けたと感じる
・人生の目標に失敗する
・尊重されていないと感じる

このような体験があると、人は「もう一度意味のある存在になりたい」という強い動機を持つようになります。

研究でも、この「重要性の喪失」は、過激行動への意図と強く関連していました。
つまり、自分の価値を取り戻そうとする欲求が、過激思想に向かう出発点になりやすいのです。


過激思想は「意味を与える物語」になる

では、その欲求はどのようにして過激思想と結びつくのでしょうか。

研究によると、そこで重要になるのが**物語(ナラティブ)**です。

過激思想は、単なる政治的主張ではありません。
多くの場合、それは「世界を説明する物語」として語られます。

たとえば次のような構造です。

・世界には不正義がある
・ある集団が迫害されている
・その不正義を正す使命がある
・その使命を果たすことで英雄になれる

こうした物語は、人に強い意味を与えます。

研究では、特に過激な思想を持つ人ほど、
「暴力が正当化される物語」を強く信じている傾向が見られました。

つまり、物語は単なる説明ではなく、
「自分の人生を意味づける枠組み」として働くのです。


仲間の存在が信念を現実にする

しかし、人は一人だけで過激思想に進むことはあまりありません。

研究では、**ネットワーク(仲間のつながり)**が非常に重要な役割を持っていました。

仲間がいると、次のようなことが起こります。

・信念が正しいと確認される
・疑いが減る
・行動する勇気が生まれる
・集団の規範に従うようになる

特に友人、恋人、指導者などの人間関係があると、
思想が実際の行動へと移りやすくなることが知られています。

研究でも、ネットワークへの関与は、過激行動の意図と有意に関連していました。

つまり、人は思想だけで過激化するのではなく、
社会関係の中でその思想を強めていくのです。


「自分」と「集団」が一体になると何が起きるか

研究でもう一つ重要だったのが、アイデンティティの融合という心理現象です。

これは、自分のアイデンティティと集団のアイデンティティが、ほとんど区別できないほど重なってしまう状態です。

この状態になると、

・自分のために行動すること
・集団のために行動すること

が同じ意味になります。

研究では、次の三つとの融合が測定されました。

・集団との融合
・指導者との融合
・思想との融合

その結果、これらの融合が強いほど、過激行動の意図も強いことが分かりました。

つまり、人が危険な行動をとるのは、
単に思想を信じているからではなく、
その思想や集団が「自分自身」になっているからなのです。


同じ過激思想でも「道筋」は違う

研究では、三つの組織の受刑者が比較されました。

・JAD
・JI
・NII

興味深いことに、これらの組織では過激化のパターンがかなり異なっていました。

JAD

JADの参加者は比較的若く、教育水準も低い傾向がありました。

また、次のような個人的な困難を経験していることが多くありました。

・家庭の問題
・経済的困難
・薬物問題
・トラウマ

こうした個人的危機が「意味の喪失」を生み、
そこから急速に過激思想へ進むケースが多く見られました。

さらに、この組織はソーシャルメディアを利用した勧誘が特徴でした。


JI

一方で、JIのメンバーは平均年齢が高く、教育水準も高い傾向がありました。

彼らの場合、個人的危機よりも、

・宗教的思想
・社会的な不正義の認識

といった集団的な不満が動機になっていました。

また、この組織では暴力よりも長期的な思想教育が重視される傾向がありました。


NII

NIIでは、宗教研究会などの対面のネットワークを通じた勧誘が特徴でした。

インターネットよりも、
小規模な集団の中で信念が形成されていくケースが多かったと報告されています。


過激化は一つの原因では説明できない

この研究の重要な点は、過激化が単純な原因では説明できないことです。

そこには、

・心理的要因
・社会的要因
・思想的要因

が複雑に絡み合っています。

研究者たちは、効果的な対策には次のような多面的な取り組みが必要だと指摘しています。

・人が意味を見つけられる社会的機会を増やす
・過激思想の物語を批判的に検討する教育
・健全な社会ネットワークの構築

つまり、過激思想への対策は、
単に思想を禁止することではなく、
人が社会の中で意味を感じられる環境を作ることでもあるのです。


人が「意味」を求める限り

この研究は、過激思想を単なる異常な行動としてではなく、
人間の心理の延長として理解しようとする試みでもあります。

人は誰でも、

・尊重されたい
・価値ある存在でありたい
・意味のある人生を送りたい

という欲求を持っています。

そして、その欲求が満たされないとき、
人はそれを満たしてくれる物語を探し始めます。

その物語が、たまたま過激思想だった場合、
そこに引き寄せられてしまうことがあるのです。

だからこそ、過激思想の問題は単なる安全保障の問題ではなく、
人が意味を求める存在であるという事実とも深く関わっています。

人が意味を求め続ける限り、
どのような物語が人を惹きつけるのかという問いは、
これからも私たちの社会にとって重要なテーマであり続けるでしょう。

(出典:Frontiers in Social Psychology DOI: 10.3389/frsps.2026.1744932

テキストのコピーはできません。