- 官僚的な負担(書類作成や多重承認などの手続き)が、仕事の満足度を大きく下げる原因になっている。
- その影響は低賃金や長時間労働と同じくらい大きく、意味のある達成感を失わせることが指摘されている。
- 手続きの見直しや現場の裁量を増やすといった対策で、つらさを減らせる可能性が示唆されている。
仕事がつらい理由は「人」ではなく「書類」かもしれない
――官僚的な仕事が幸福感を下げるという大規模研究
私たちは、以前よりも豊かになり、便利な道具にも囲まれて暮らしています。
それでも多くの人が、「なぜか幸せを感じにくい」「仕事がどんどんつらくなっている」と感じています。
この違和感について、アメリカ・カリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California San Diego)の研究チームが、約790万件という膨大な職場レビューを分析し、ある重要な要因を示しました。
それは、**仕事の中に含まれる「官僚的な負担(ビューロクラシー)」**です。
この研究は、職場で感じる官僚的な手続きや無意味に思える事務作業が、働く人の満足度や幸福感を大きく下げている可能性を明らかにしています。
収入が増えても、幸福感は下がっている
研究者たちはまず、先進国で長期的に観測されている「幸福感の低下」という現象に注目します。
アメリカでは、1970年代から現在にかけて、1人あたりの消費は大きく増えてきました。
それにもかかわらず、「自分は幸せだ」と答える人の割合は、むしろ下がってきています。
この事実は、「お金が増えれば自動的に幸せになるわけではない」ことを示しています。
心理学の研究では、幸福感に関係する主な要因として、
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人とのつながり
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感謝の気持ち
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自分の時間を持てている感覚
などが挙げられています。
そして、その多くが仕事のあり方と深く関係しています。
仕事は人生の3分の1を占めている
多くの大人は、起きている時間の約3分の1を仕事に使っています。
そのため、仕事での満足度は、生活全体の満足度にも強く影響します。
過去の研究では、
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仕事に意味を感じられる
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自分が成長していると感じられる
-
誰かの役に立っていると思える
こうした感覚が、幸福感の重要な要素であることが示されてきました。
逆に言えば、仕事が「意味のない作業の集まり」に感じられると、人は強い消耗を覚えます。
研究者が注目した「官僚的な負担」
今回の研究で使われた「官僚的な負担」とは、たとえば次のようなものを指します。
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大量の書類作成
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形式的な報告書
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必要性が分からない研修
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何重にも重なった承認プロセス
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自分の裁量で決められない細かいルール
重要なのは、「組織が官庁のようであるかどうか」ではありません。
働く人が、仕事の中で「官僚的だ」と感じる作業がどれくらいあるかが問題になります。
約790万件の職場レビューを分析
研究チームは、2008年から2023年までに投稿された、グラスドア(Glassdoor)という就職情報サイトのレビュー約790万件を分析しました。
各レビューには、
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会社の総合評価(1〜5点)
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給与・福利厚生の評価
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良い点・悪い点を自由に書いた文章
が含まれています。
研究者たちは、この自由記述の中に「bureau(ビューロ)」という文字列が含まれているかどうかを調べ、官僚的な負担への言及があるレビューを特定しました。
官僚的だと書いた人は、評価が大きく低い
分析の結果、次のことが分かりました。
-
官僚的な負担に言及したレビューは、
そうでないレビューよりも平均で0.6〜0.7点低い評価をつけていました。 -
平均評価が約3.3点であることを考えると、これは約20%の低下にあたります。
つまり、「官僚的だ」と感じる体験は、会社全体の評価を大きく下げるほどの影響力を持っていました。
低賃金や長時間労働と同じくらい強い影響
研究者たちは、この影響の大きさを分かりやすくするため、他の不満要因とも比較しました。
比較されたのは、
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低賃金
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長時間労働
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ストレス
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職場での対立
その結果、官僚的な負担の影響は、低賃金やストレスとほぼ同じレベルであることが示されました。
特に、
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職場の対立
-
強いストレス
に次いで大きなマイナス要因でした。
「給料が低い」「忙しい」と同じくらい、
「無意味に感じる手続きが多い」ことがつらさにつながっているのです。
「不満だから悪口を書いた」わけではないのか?
ここで問題になるのが、「もともと不満な人が、後付けで官僚的だと書いているだけではないか」という疑問です。
研究者たちはこの点を慎重に検討しました。
彼らは、ある会社について、
-
その後の1年間に投稿された他の人のレビューで、どれくらい官僚的だと書かれているか
という情報を利用し、因果関係を推定しました。
その結果、
官僚的な負担を経験する → 満足度が下がる
という因果の流れが支持されました。
つまり、
「評価が低いから官僚的だと書く」のではなく、
官僚的な体験そのものが評価を下げている可能性が高いと考えられます。
なぜ官僚的な仕事はつらいのか
研究者たちは、その理由として次の点を挙げています。
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スキルが伸びている感覚が得にくい
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誰かの役に立っている実感が薄れる
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自分で判断できないことで無力感が生じる
こうした状態は、「自分の努力によって何かを成し遂げている」という感覚を奪います。
研究では、この感覚を**「正当な達成感」**と呼び、幸福感にとって重要な要素だと位置づけています。
官僚的な作業は、この正当な達成感を削いでしまうのです。
影響は年々大きくなっている
さらに分析すると、官僚的な負担が満足度を下げる効果は、
-
2008〜2012年よりも
-
2019〜2023年の方が
約50%大きくなっていることが示されました。
近年ほど、官僚的な仕事がより強いストレス源になっている可能性があります。
この研究の限界
研究者たちは、いくつかの注意点も述べています。
-
官僚的な負担は「本人の感じ方」に基づく指標である
-
すべての産業が均等に含まれているわけではない
ただし、幸福感に影響するのは「客観的な量」よりも、
本人がどう感じているかである可能性が高いとも指摘しています。
仕事のつらさを「性格」の問題にしない
この研究が伝えている大きなメッセージは、
仕事がつらいのは、あなたの根性や能力の問題ではないかもしれない
ということです。
意味を感じにくい作業が増えれば、
誰でも消耗します。
もし職場の満足度を高めたいなら、
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何のための手続きなのかを見直す
-
不要な作業を減らす
-
現場の裁量を増やす
といった方向が重要になるかもしれません。
おわりに
私たちはしばしば、
「もっと頑張ればいい」
「前向きに考えよう」
と言われます。
しかし、この研究は、
個人の心構え以前に、仕事の構造そのものが人を疲れさせている可能性を示しています。
もしあなたが今、仕事に意味を感じにくいなら、
それは怠けているからではありません。
あなたが悪いのではなく、
**仕事の中にある「官僚的な重さ」**が、静かに幸福感を奪っているのかもしれません。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0338838)

