都市の「音」は、心を傷つけるのか。それとも回復させるのか。

この記事の読みどころ
  • 都市の音はすべて悪いとは限らず、自然の音が心を回復させる可能性を示す研究が注目されている。
  • 緑地では鳥の声や水の音など自然音が心地よいとされ、場所や状況で音の感じ方が変わる。
  • 音の意味や環境の文脈が大事で、ストレスの低下や気分改善、回復感・注意力の回復が報告されている。

都市で暮らしていると、私たちは一日中さまざまな音に囲まれています。
車の走行音、建設工事の音、人の話し声、店から流れる音楽。

こうした音は、多くの場合「騒音」として語られてきました。
実際、騒音がストレスや睡眠障害、心身の健康に悪影響を与えることは、長年の研究で繰り返し指摘されています。

しかし近年、研究者たちは少し違う視点を持ち始めました。

都市の音は、すべてが悪いものなのだろうか。
むしろ、人の心を回復させる音もあるのではないか。

この問いから生まれた研究分野が、「サウンドスケープ(soundscape)」と呼ばれる考え方です。
これは単に音の大きさや騒音レベルを測るのではなく、人がどのように音の環境を感じ、体験するかに注目する研究です。

そして特に関心が集まっているのが、都市の緑地における音の環境です。

公園や森林、川沿いの道など、自然が残る場所では、鳥の声、風に揺れる葉の音、水の流れる音といった、都市とは違う音が聞こえます。

それらの音は、私たちの心にどのような影響を与えているのでしょうか。

この疑問を整理するために行われたのが、都市の緑地の音環境とメンタルヘルスの関係をまとめて検討した研究です。


「騒音」ではなく「音の風景」を見る研究

これまでの都市の音に関する研究の多くは、騒音を中心にしていました。

例えば、

・騒音レベルがどれくらいか
・交通量はどの程度か
・どれだけ騒音にさらされているか

といった、客観的な音の強さを測る研究です。

しかしこの方法には、ある限界があります。

同じ音でも、人によって感じ方が違うからです。

例えば、

・同じ川の音でも「心地よい」と感じる人もいれば「うるさい」と感じる人もいる
・同じ人の声でも「にぎやか」と感じる人もいれば「落ち着かない」と感じる人もいる

つまり、音の影響は単にデシベルの問題ではなく、体験としての音が重要なのです。

そこで研究者たちは、音を「環境の一部としてどのように知覚されるか」に注目するようになりました。

これがサウンドスケープ研究です。

この研究分野では、音は単なる刺激ではなく、人が意味づけながら体験する環境として扱われます。


都市の緑地が持つ「音の特徴」

都市の緑地には、独特の音の特徴があります。

例えば、

・鳥のさえずり
・風に揺れる木の葉
・水の流れ
・虫の声

こうした音は、自然の音として多くの人に心地よく感じられることが知られています。

さらに興味深いのは、緑地では都市の音も違った形で聞こえるという点です。

同じ交通音でも、

・公園の中では気にならない
・木々があることで音が柔らぐ
・自然音と混ざって印象が変わる

といった現象が起こることがあります。

つまり、音そのものだけでなく、環境全体の文脈が体験を変えるのです。


緑地の音とメンタルヘルスを整理した研究

このテーマについて、世界中の研究を整理したレビュー研究が行われました。

この研究では、都市の緑地における音環境とメンタルヘルスの関係を調べた学術研究を広く収集し、どのような結果が報告されているかをまとめています。

分析の対象となったのは、査読付き研究の中から条件を満たした22の研究です。

研究の多くは、次のような方法を組み合わせていました。

・音環境の測定
・参加者の心理評価
・公園などでの実験
・アンケート調査

また、メンタルヘルスの指標としては、主に次のようなものが調べられていました。

・ストレス
・気分
・心理的回復
・注意力や認知機能

この研究は、ドイツのミュンヘン大学医学部にある「医療情報処理・生物統計・疫学研究所(Institute of Medical Information Processing, Biometry and Epidemiology)」およびミュンヘン公衆衛生学校の研究者たちによってまとめられました。


最も多く見られた効果:ストレスの減少

整理された研究の中で、最も多く報告されていた効果はストレスの低下でした。

特に、次のような音が含まれる環境でその傾向が見られました。

・鳥の声
・水の音
・風の音
・自然の静けさ

これらの音は、心理的な緊張をやわらげる効果と関連していました。

また、都市の騒音がある場所でも、自然音が存在するとストレスの感じ方が弱くなることが報告されている研究もありました。

つまり、自然音は単に心地よいだけではなく、騒音の影響を和らげる可能性もあるということです。


気分の改善

多くの研究では、緑地の音環境が気分の改善とも関係していました。

参加者は、

・リラックスした
・落ち着いた
・楽しい気分になった

といった感情を報告することが多くありました。

特に、

・自然音が多い
・騒音が少ない
・音が調和している

と感じられる環境では、ポジティブな感情が高まりやすい傾向が見られました。

これは単なる「静けさ」だけではなく、音の質が重要であることを示しています。


心の回復感

研究の中でよく使われていた指標の一つに、「回復感」という概念があります。

これは、簡単に言うと、

疲れた心が回復する感じ

のことです。

例えば、

・頭がすっきりする
・気持ちが落ち着く
・集中力が戻る

といった体験です。

緑地の音環境は、この回復感と強く関係していることが多くの研究で示されていました。

特に、自然音がはっきりと聞こえる環境では、回復感が高くなる傾向がありました。


注意力の回復

いくつかの研究では、注意力の回復も報告されています。

都市生活では、

・交通
・広告
・人混み

など、常に注意を引く刺激が多くあります。

その結果、私たちの注意力は疲れやすくなります。

しかし、自然環境では、注意を強く引く刺激が少ないため、心が自然に休息できると考えられています。

緑地の音環境も、この回復プロセスに関係している可能性があります。


重要なのは「音の意味」

研究を整理すると、重要なことが一つ見えてきます。

それは、音の影響は単に

大きいか小さいか

では決まらないということです。

同じ音量でも、

・自然音
・都市騒音

では、人の感じ方は大きく違います。

さらに、

・その場所がどんな環境か
・その人が何をしているか
・どんな気分でいるか

といった文脈も影響します。

つまり、音の影響は心理的な意味と切り離せないのです。


研究の方法はまだ多様

今回整理された研究では、方法がかなり多様であることも明らかになりました。

例えば、

・実際の公園で調査する研究
・音を再生して実験する研究
・アンケート調査
・心理テスト

などです。

また、音の測定方法や評価方法も統一されていませんでした。

そのため研究者たちは、今後の課題として

・測定方法の標準化
・長期的研究
・都市設計への応用

などが必要だと指摘しています。


都市設計の新しい視点

この研究分野は、都市のデザインにも関係しています。

これまで都市計画では、音の問題は主に「騒音対策」として扱われてきました。

しかしサウンドスケープ研究は、次のような考え方を提案しています。

都市の音環境は、

悪い音を減らすだけではなく、良い音を増やすことも重要

なのではないか。

例えば、

・水の流れる場所を作る
・鳥が集まる環境を保つ
・緑を増やす

といった方法です。

こうした取り組みは、都市の環境だけでなく、人々の心の健康にも影響する可能性があります。


都市の中の「小さな回復空間」

都市の生活は便利ですが、同時に刺激が多く、疲れやすい環境でもあります。

だからこそ、都市の中にある緑地は重要なのかもしれません。

そこでは、

・視覚
・匂い
・音

といった感覚が、普段とは違う形で働きます。

その中でも音は、目に見えない環境として、私たちの体験を静かに変えているのかもしれません。

都市の中の公園で、ふと鳥の声が聞こえる。
風の音が葉を揺らす。
遠くで水が流れている。

それはただの背景音ではなく、
心が回復する環境の一部なのかもしれません。

都市の音は、私たちを疲れさせることもあれば、
回復させることもある。

その違いは、もしかすると「どんな音に囲まれているか」だけではなく、
どんな環境の中で、その音を聞いているかにあるのかもしれません。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0344125

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