- 18〜29歳の学生1628人を対象に、感情の扱いと心の健康の関係を調べた。
- 認知的再評価は前向きな感情や幸福と正の関連があり、表出抑制は心理的苦痛と強く正の関連があった。
- 約42%が中等〜高い表出抑制を使い、女性は不安・抑うつが高く地域・年齢で差が見られた。
「感情を抑える」若者が、想像以上に多いという事実
都市部で学ぶ若者たちは、いま自分の感情をどのように扱っているのでしょうか。
新型コロナウイルス感染症の流行を経て、生活や学びの環境が大きく変わったなかで、感情のコントロールと心の健康は、どのような形で結びついているのか。この問いに、インドの研究チームが大規模な実証データで向き合いました。
この研究は、インドのティア1都市にある高等教育機関で学ぶ18〜29歳の学生1628人を対象に、感情調整のあり方と精神的健康の関係を横断的に調べたものです。調査は、コロナ禍以降という時期設定のもとで行われ、若者の「感情の扱い方」が、心理的な安定や不調とどのように結びついているのかが詳細に分析されています。
感情調整には、二つの異なる型がある
研究では、感情調整を大きく二つの方法に分けています。
一つは「認知的再評価」と呼ばれるもので、出来事の意味づけを捉え直すことで感情を和らげようとする方法です。たとえば、失敗や困難な状況を「学びの機会」と捉え直すような働きが、これにあたります。
もう一つは「表出抑制」です。これは、感じている感情を外に出さないように抑え込むやり方で、怒りや不安、悲しみを表情や言動に表さないようにする調整方法です。
どちらも日常的に使われる感情のコントロール方法ですが、この研究は、両者が精神的健康に与える影響が大きく異なることを示しています。
四割を超える学生が「感情を抑える」状態にある
調査結果のなかでも、とくに目を引くのは表出抑制の広がりです。
参加者のうち約42%が、中程度から高いレベルで表出抑制を用いていることが示されました。つまり、多くの若者が、自分の感情を内側に押し込めながら日常を過ごしている状態にある、ということになります。
研究者たちは、この数値を「心理的な危機を示す兆候」と表現しています。感情を抑えること自体が直ちに問題になるわけではありませんが、それが慢性的になると、心理的負担が蓄積しやすくなることが、これまでの研究でも指摘されてきました。
認知的再評価は、心の健康と結びついていた
一方で、認知的再評価を多く用いる学生ほど、心理的ウェルビーイングが高い傾向が見られました。
この研究では、不安や抑うつ、行動や感情のコントロールの喪失といった指標とあわせて、前向きな感情、人生満足度、全体的な精神的健康指数が測定されています。
その結果、認知的再評価は、前向きな感情や心理的ウェルビーイング、全体的な精神的健康と正の関連を示しました。また、行動や感情のコントロールの喪失とは負の関連を示しており、感情や行動を安定させる方向に働いていることがうかがえます。
ただし、不安や抑うつを直接的に大きく下げる効果は限定的であり、研究者たちは、認知的再評価は「苦痛を完全に消す」というよりも、「心の回復力や安定を支える役割」を果たしていると位置づけています。
表出抑制は、心理的苦痛と強く結びついていた
対照的に、表出抑制は、不安、抑うつ、行動や感情のコントロールの喪失と正の関連を示しました。
つまり、感情を抑え込む傾向が強いほど、心理的苦痛が高くなる傾向が確認されたのです。
さらに、表出抑制は、前向きな感情、感情的なつながり、人生満足度、心理的ウェルビーイング、全体的な精神的健康指数のすべてと負の関連を示しました。感情を表に出さないことが、長期的には人とのつながりや生活全体の満足感を損なう可能性があることを、この研究は示唆しています。
女性学生に、より強い負担が表れていた
性別による分析では、明確な差が見られました。
女性学生は、男性学生に比べて、不安や抑うつ、心理的苦痛の水準が高く、心理的ウェルビーイングや全体的な精神的健康指数は低い傾向を示しました。
興味深いのは、女性学生のほうが、認知的再評価をより多く用いていた点です。それでもなお、心理的苦痛が高い状態にあることから、研究者たちは、女性学生がより多くのストレス要因にさらされている可能性や、コロナ禍による影響が性別によって異なる形で現れている可能性を指摘しています。
一方で、表出抑制については、男女間で有意な差は見られませんでした。
年齢、学習段階、地域による違い
年齢や学習段階による違いも確認されています。
18〜20歳の学生は、21〜24歳の学生に比べて認知的再評価の使用頻度が低く、学部生は大学院生よりも低い傾向を示しました。感情を捉え直す力は、年齢や経験とともに育まれていく側面があることが示唆されています。
地域差も顕著でした。
都市別では、ハイデラバードの学生が、他の都市に比べて認知的再評価も表出抑制も低い水準にあり、より感情をそのまま表出しやすい傾向が示されました。一方、チェンナイ、バンガロール、プネーなどでは、表出抑制が比較的高く、社会的規範や文化的背景が感情調整のスタイルに影響している可能性が示されています。
地理的ゾーン別では、東部出身の学生が、西部出身の学生よりも認知的再評価の使用頻度が低い傾向を示しました。こうした地域差は、コロナ禍という特殊な状況のなかでも、文化的な影響が持続していることを示唆しています。
コロナ禍は、既存の差を「拡大」させた
この研究が強調しているのは、感情調整のパターンそのものがコロナ禍によって一変したというよりも、もともと存在していた個人差や地域差、性別差が、より強く表面化したという点です。
認知的再評価は、危機のなかでも心の健康を支える働きを保っていました。一方、表出抑制は、ストレスが高まる状況において、より強く心理的苦痛と結びつくようになっていました。
研究者たちは、この結果を、若者の感情調整能力を「個人の性格」や「努力」に帰すのではなく、教育機関や社会全体で支える必要性を示すものだと位置づけています。
感情の扱い方を学ぶことは、回復への基盤になる
結論として、この研究は、認知的再評価を育て、表出抑制への過度な依存を減らすことが、ポストコロナ時代の若者の精神的健康を支える鍵になることを示しています。
とくに高等教育の場においては、感情調整を「個人の問題」として放置するのではなく、教育や支援の一部として位置づけることが重要であると、研究者たちは述べています。
感情をどう感じ、どう扱っているのか。
その問いに静かに光を当てることが、若者たちの回復と未来を支える一歩になるのかもしれません。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-026-36253-3)

