なぜ男性の自殺率は高いのか

この記事の読みどころ
  • 男らしさは一つのものではなく、感情を抑えることや地位を重視するなど複数の側面からなる。
  • 23研究をまとめると、全体の関連は小さいが、感情抑制や競争重視は自殺傾向と少し正の関連、主体性は負の関連があることが分かった。
  • 自殺の「考えること」より「行動すること」や実行能力と関連が強く、国や年齢よりも測る側の内容が重要だとされた。

世界的に見ると、男性は女性よりも自殺で亡くなる割合が高いことが知られています。一方で、女性のほうが自殺念慮(自殺を考えること)や自殺未遂の報告は多い。この現象は「ジェンダー・パラドックス」と呼ばれてきました。

なぜ、こうした逆転現象が起きるのでしょうか。

その背景に「男らしさ」があるのではないか――。

この問いに正面から取り組んだのが、イギリスのダンディー大学(University of Dundee)社会科学・人文学・法学部と、NHSテイサイド(NHS Tayside)心理サービス部門の研究チームです。彼らは、これまで発表されてきた研究を体系的に集め、統計的に統合するメタ分析を行いました。

これは、「男らしさ」と自殺傾向との関連を数量的にまとめた初めての研究です。


「男らしさ」は単純な性差ではない

本研究で扱われているのは、生物学的な性(セックス)ではなく、社会的に形成される性別規範(ジェンダー)です。

研究では、文化や社会の中で「男らしい」とされる態度や価値観、行動傾向を心理尺度で測定しています。たとえば、

  • 感情を抑える

  • 成功や地位を重視する

  • 他人に頼らない

  • 弱さを見せない

  • 強くあろうとする

こうした傾向が、さまざまな尺度で数値化されてきました。

しかし「男らしさ」は一つではありません。攻撃性や支配性を含むものもあれば、責任感や自立心、家族を守ろうとする姿勢も含まれます。

この多様性こそが、これまで議論を混乱させてきた要因でした。


23研究を統合した結果

研究チームは、個人レベルで「男らしさ」と「自殺傾向」の両方を測定している23本の研究を抽出しました。

対象は主に欧米の高所得国で、大学生、軍人、一般市民、精神科患者など、さまざまな集団が含まれています。

それらを統合した結果、全体としての相関は非常に小さく、統計的に有意ではありませんでした。

つまり、「男らしさが強いほど自殺しやすい」とは単純には言えない、というのが第一の結論です。

しかしここで重要なのは、研究間に大きなばらつきがあったことです。これは、「男らしさ」という言葉の中に、異なる性質が混在している可能性を示しています。


どの「男らしさ」が関連するのか

そこで研究では、使用された尺度ごとに分析を行いました。

すると、いくつかの明確なパターンが見えてきました。

感情抑制や地位追求を重視するタイプ

「感情を見せない」「競争に勝つことが重要」「他人より優位に立つ」などを強調する尺度では、自殺傾向との間に小さいながらも正の関連が見られました。

特に、

  • 感情の抑制

  • 成功・競争の強調

  • 男性役割葛藤(Gender Role Conflict)

といった側面が関連していました。

ストイシズム(我慢強さ)

感情を内に閉じ込め、弱音を吐かない傾向も、自殺傾向との関連が確認されました。

感情表出を避けることが、支援を求める機会を減らす可能性があります。

逆に関連が弱かったもの

一方で、「主体性」「自信」「自立性」などの特性を測る尺度では、むしろ自殺傾向と負の関連が見られました。

また、「健康的で自律的な男性性」を測定する尺度では、自殺傾向が低い傾向が確認されました。

つまり、「男らしさ」そのものが問題なのではなく、どの側面を指すのかが重要だということです。


「考えること」と「実行すること」は違う

さらに重要な発見は、自殺傾向の種類による違いです。

研究では、

  • 自殺念慮(考えること)

  • 自殺未遂や死亡(行動)

  • 自殺を実行できる能力(恐怖の低さなど)

を分けて分析しました。

すると、「男らしさ」との関連が見られたのは、主に「行動」や「実行能力」に関する指標でした。

一方で、「自殺を考えること」自体との関連はほとんど見られませんでした。

これは非常に示唆的です。

感情を抑え、痛みや恐怖を我慢する傾向が強い場合、「考える人」が増えるのではなく、「実行に移す確率」が高まる可能性があるのです。


年齢や国は影響するのか

研究ではさらに、

  • 年齢

  • 女性の割合

  • 人種構成

  • 国・地域

が関係を変えるかどうかも検討されました。

しかし、これらの要因による有意な調整効果は見つかりませんでした。

つまり、「どの国か」「若いか高齢か」よりも、「どの男らしさを測っているか」のほうが重要だったのです。


何が見えてきたのか

本研究の結論は単純ではありません。

「男らしさは危険だ」とも、「男らしさは無関係だ」とも言えません。

見えてきたのは、次のことです。

  • 男らしさは単一の概念ではない

  • 感情抑制や地位追求の強調はリスクと関連する可能性がある

  • 健康的な主体性や自律性は保護的に働く可能性がある

  • 男らしさは「考え」よりも「行動」に影響している可能性がある

つまり問題は、「男らしさ」そのものではなく、その内容なのです。


男性の沈黙をどう理解するか

男性は「助けを求めない」とよく言われます。

しかし本研究は、単なる性差ではなく、「感情を見せてはいけない」という規範への同調が鍵である可能性を示しています。

もし弱さを見せることが「男らしくない」とされるなら、苦しみは外に出ません。

そして外に出ない苦しみは、周囲から見えにくくなります。

自殺の議論を「男性は弱いから」でも「男らしさが悪いから」でもなく、規範と行動の関係として捉え直す必要があるのかもしれません。


終わらない問い

本研究は、答えを一つにまとめたわけではありません。

むしろ、「男らしさ」という言葉の中身を分解しなければ何も見えない、ということを示しました。

感情を抑えることは、いつから強さと呼ばれるようになったのでしょうか。

そしてそれは、本当に強さなのでしょうか。

男らしさを問い直すことは、男性を弱くすることではありません。

それは、「どう生き延びるか」という問いを、文化のレベルから考え直すことなのかもしれません。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0342172

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