- ベルリン加齢研究の516人を約18年間追跡し、複数の認知能力と生存を同時に調べた。
- 多くの認知機能を比べた結果、生存と独立して関係していたのは言語流暢性だけだった。
- 言語流暢性は「今の水準」が生存と結びつき、低下の速さはあまり影響しないと示された。
言葉をどれだけ素早く取り出せるかは、生きる時間と結びついているのか
人は年を重ねるにつれて、記憶力や判断力、処理の速さなど、さまざまな認知機能が少しずつ変化していきます。
これまでの多くの研究から、「知的能力が高い人ほど長く生きやすい」という傾向は繰り返し報告されてきました。しかし、その多くは「ある時点での知能の高さ」と「その後の生存」を結びつけたものでした。
では、どの認知機能が、どのようなかたちで、生存と特に強く結びついているのか。
そして、単なる能力の高さだけでなく、時間とともにどのように変化していくかまで含めて考えたとき、何が見えてくるのでしょうか。
この問いに、非常に慎重で精密な方法で答えようとしたのが、ドイツで行われた大規模な高齢者研究を用いた本研究です
対象となったのは「高齢期のその先」を生きた人たち
この研究で分析されたのは、ベルリン加齢研究(Berlin Aging Study)に参加した516人の高齢者です。
研究開始時の平均年齢は約85歳で、70代から100歳近い人までが含まれていました。調査は最大で約18年間にわたり、最終的に全員の死亡時期が確認されているという、きわめて貴重なデータです。
参加者たちは、数年おきに同じ認知課題を繰り返し受けています。測定されたのは次のような能力でした。
・処理の速さ(視覚的な判断や変換の速さ)
・エピソード記憶(言葉や文章の記憶)
・言語知識(語彙の理解)
・言語流暢性(制限時間内に言葉をどれだけ多く出せるか)
さらに、これらすべてを平均した「一般知能スコア」も計算されています。
この研究が特別なのは「分析のしかた」
本研究の最大の特徴は、認知機能の変化と生存を同時に扱う統計モデルを用いている点です。
多くの研究では、
「まず認知機能の変化を計算し、その結果を生存分析に入れる」
という二段階の方法が取られます。
しかしこのやり方では、「認知機能が低下したから調査から脱落したのか」「亡くなったから測定できなかったのか」という問題を正確に扱うことができません。
そこで本研究では、縦断的な認知機能の変化と死亡リスクを同時に推定するモデルを用いました。
これにより、
・その時点での「真の認知能力の水準」
・その時点での「変化の速さ(低下の傾き)」
が、それぞれどの程度、生存と結びついているのかを、誤差の影響を抑えて評価しています。
多くの認知能力を同時に比べた結果、残ったのはひとつの領域だった
分析の結果は、非常に明確でした。
処理速度、記憶力、語彙力、そして一般知能。
これらは単独で見れば、生存と関係しているように見える場合もありました。
しかし、すべての認知課題を同時にモデルに入れて比較したとき、
独立して生存リスクを予測していたのは「言語流暢性」だけだったのです。
言語流暢性とは、たとえば、
・90秒間で「動物の名前」をどれだけ多く言えるか
・90秒間で「ある文字で始まる単語」をどれだけ多く言えるか
といった課題で測られる能力です。
言語流暢性が高い人は、どれくらい違ったのか
研究者たちは、言語流暢性の得点が高い人と低い人を比較し、生存曲線を推定しました。
その結果、
言語流暢性が高い人と低い人のあいだには、中央値で約9年の生存期間の差があることが示されました。
これは、「動物の名前を多く言えた人は長生きする」という単純な話ではありません。
同じ年齢、同じ性別、同じ社会的背景、同じ認知症リスクを考慮したうえで、なお残る差でした。
なぜ言語流暢性だけが残ったのか
論文では、この理由について慎重に考察されています。
言語流暢性課題は、
・言葉の知識
・情報を素早く探し出す力
・注意の切り替え
・作業記憶
といった、複数の認知過程を同時に必要とします。
そのため、単純すぎず、かといって難しすぎない、高齢期でも個人差がはっきり現れる課題だと考えられています。
また、これらの能力は前頭葉を中心とした脳のネットワークと関係しており、
加齢や病的変化の影響を受けやすいことも、これまでの研究から知られています。
重要だったのは「変化の速さ」ではなかった
もうひとつ興味深い点があります。
この研究では、
「能力がどれくらい高いか」だけでなく、
「どれくらいの速さで低下しているか」も同時に分析されました。
しかし、生存と結びついていたのは、**ほぼ一貫して「その時点での水準」**であり、
低下の速さそのものは、生存リスクと明確には結びついていませんでした。
つまり、
「最近どれくらい急に下がっているか」よりも、
「今どのくらい保たれているか」が重要だった、という結果です。
この研究が示していること、示していないこと
この研究は、
「言語流暢性を鍛えれば寿命が延びる」
とは結論づけていません。
示されているのはあくまで、
高齢期において、どの認知機能が生存と最も強く結びついているか
という関連の構造です。
そしてその構造は、
「知能全体」でも
「記憶力」でもなく、
言葉を柔軟に取り出す力だった、ということです。
結論を閉じないために
人が長く生きる理由は、決してひとつではありません。
身体の状態、社会的つながり、生活環境、そして偶然。
その中でこの研究は、
「高齢期の認知機能の中でも、どこを見ると“生の持続”が最もはっきり映るのか」
という問いに、静かで説得力のある答えを提示しています。
言葉がすぐに出てくること。
それは単なる語彙の問題ではなく、
脳全体がどれだけ協調して働いているかの、ひとつの窓なのかもしれません。
なぜこの能力だけが、最後まで残ったのか。
その理由を、私たちはまだ完全には知りません。
けれど、「わからなくても、理由はある」という地点には、確かに立たされているようです。
(出典:Association for Psychological Science)

