- 18〜29歳のスペイン語話者138人を対象に、性的行動に関わる51項目を「近づきたい」と「拒絶したい」を別々に三段階で評価して、感情の地図を作った。
- 不協和は珍しくなく、近づきたい気持ちと拒絶が同時にある状態も多く観察され、強い場合ほど不協和が高いことがある。
- 近づきの感情は4つ、避けの感情は3つのクラスターに分かれ、個人差を説明する項目も異なることが分かった。
スペインのバレンシア・ヨーロッパ大学(Universidad Europea de Valencia)、マドリード・ヨーロッパ大学(Universidad Europea de Madrid)、**マドリード自治大学(Universidad Autónoma de Madrid)**の研究チームは、性的行動を動かす「感情の推進力(エモーショナル・ドライブ)」について、大規模な項目を用いた探索的研究を行いました。これは、性的行動に向かう「感情の力」を、できる限り全体像として捉えようとした試みです。
私たちはふつう、「好きだから近づく」「嫌いだから避ける」と考えます。しかし実際の感情は、もっと複雑かもしれません。
ある対象に対して強く惹かれているのに、同時に強く拒絶も感じる。
そうした矛盾した状態が、実はそれほど珍しくない可能性があるのです。
この研究は、その複雑さを数値として可視化しようとしました。
「感情の背景」と「感情の推進力」は違う
研究ではまず、感情を二つの側面に分けています。
ひとつは感情的文脈(エモーショナル・コンテクスト)。
これは、そのときの気分や心理状態のことです。
もうひとつが本研究の中心となる**感情的推進力(エモーショナル・ドライブ)**です。
これは、ある刺激に対して「どれくらい近づきたいか」「どれくらい避けたいか」という動機の強さを指します。
重要なのは、この「近づき」と「避け」を別々に測定した点です。
従来は、好意や嫌悪を一つの軸で捉えることが多くありました。しかしこの研究では、
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近づきたい気持ち
-
避けたい気持ち
を同時に、しかも三段階(なし・いくらかある・強い)で評価しました。
これにより、感情の“強度”を具体的に把握することが可能になります。
51項目で描かれた感情の地図
対象は18歳から29歳までのスペイン語話者138人です。
オンライン調査によって、性的行動に関連する51項目について回答を得ました。
項目は、パートナーの特徴、関係の形、具体的な行動、付随する要素など、広範囲にわたっています。
それぞれの項目について、
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どれくらい惹かれるか
-
どれくらい拒絶を感じるか
を個別に評価してもらいました。
さらに研究では、「不協和(ディソナンス)」という概念も導入しました。
これは、近づきたい気持ちと避けたい気持ちが同時に存在する状態を指します。
たとえば、
-
どちらか一方が「なし」であれば不協和なし
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両方があるが強さが違えば低い不協和
-
両方が同じ強さであれば高い不協和
と定義されました。
人は中途半端より「強く」反応する
分析の結果、参加者の回答には明確な傾向が見られました。
「いくらかある」よりも「強い」と回答するケースのほうが多かったのです。
しかもそれは、
-
近づきたい側でも
-
避けたい側でも
同じ傾向でした。
つまり、多くの人は性的行動に関して、曖昧に感じるというよりも、はっきりと強い感情を抱く傾向があるということです。
研究チームは、性的行動がもつ社会的意味や親密性の高さが、感情の強度を高めている可能性を示唆しています。ただし本研究は横断的調査であり、因果関係までは示していません。
「不協和」は珍しいものではない
さらに注目すべきは、不協和の存在です。
完全に不協和がないケースが最も多かったものの、不協和自体は広く見られました。そして、不協和がある場合には「低い」よりも「高い」レベルのほうが多いという傾向も確認されました。
つまり、
強く惹かれているのに、強く拒絶もしている
という状態が、決して例外ではなかったのです。
研究では、性的満足度や自己評価などとの関連も検討されましたが、不協和との明確な関連はほとんど見られませんでした。ただし、過去に強い否定的体験を持つ人においては関連が示唆される結果もありました。
この点は今後の検討が必要です。
人は同じではない ― クラスター分析の結果
研究ではさらに、どの項目が個人差を最も説明するかを統計的に選び出し、そのうえでクラスター分析(潜在的な集団分類)を行いました。
その結果、
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近づきの感情では4つのクラスター
-
避けの感情では3つのクラスター
が見いだされました。
興味深いのは、近づきで重要な行動と、避けで重要な行動が必ずしも一致しなかったことです。
つまり、
何に強く惹かれるか
何を強く拒絶するか
は、それぞれ独立したパターンを形成している可能性があるのです。
この結果は、性的行動を理解するうえで、単に「好きなもの」を見るだけでは不十分であることを示しています。
結論 ― ポジティブとネガティブを同時に見る
本研究が示した重要な点は四つあります。
第一に、性的行動を理解するには、近づきと避けの両方を段階的に測定する必要があること。
第二に、不協和は特異な現象ではなく、一般的に見られるものであること。
第三に、すべての行動が同じ重みを持つわけではなく、個人差を説明する特定の項目が存在すること。
第四に、感情的推進力のパターンによって、人はある程度分類できる可能性があること。
もちろん、この研究は探索的研究です。
サンプル数は限定的であり、文化的背景も一つに限られています。
それでも、この研究は重要な問いを投げかけています。
私たちは、本当に「好きか嫌いか」で動いているのでしょうか。
それとも、「惹かれながら拒む」という複雑な力の中で動いているのでしょうか。
感情は単純な矢印ではなく、複数の力が同時に働く場なのかもしれません。
そして、その複雑さを正面から測ろうとした点に、この研究の意味があります。
まだ分類は初期段階です。
しかし、感情の全体像を見ようとする視点は、性的行動の理解だけでなく、人間の意思決定そのものを見直す手がかりになるのかもしれません。
感情は、ひとつの方向に流れるものではない。
その前提に立ったとき、私たちは人間理解のどこまで近づけるのでしょうか。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1578265)

