やる気を奪うのではなく、退屈は人を動かす

この記事の読みどころ
  • 退屈は関与や意味が足りないサインとして働くと説明されている。
  • 退屈を感じると「もっと挑戦したい」という気持ちが高まることが観察された。
  • 挑戦的な課題を選ぶと、後で退屈を感じにくくなるなど、退屈を和らげる効果がある。

退屈は、やる気を奪うだけの感情ではなかった

私たちは日常の中で、何度も「退屈」を感じます。
授業が単調なとき、仕事が単純作業の連続になったとき、意味も手応えも感じられない時間が続いたときです。
一般的には、退屈は集中力を下げ、衝動的な行動や好ましくない選択につながる感情として理解されてきました。

しかし、ドイツとオーストリアの研究者たちは、この見方に少し違う角度から光を当てました。
退屈は、ただ人をだらけさせる状態なのではなく、「もっと挑戦したい」という内側からの動機を生み出す可能性があるのではないか。
この研究は、その問いを実験的に検証したものです。


退屈とは何か──意味と関与の欠如としての感情

研究者たちはまず、「退屈」を単なる気分の悪さとしてではなく、機能をもった感情として捉えています。
先行研究では、退屈は主に二つの要因から生じると考えられてきました。

一つは、注意や集中がうまく向けられない状態です。
やりたいのに頭が働かず、時間だけが過ぎていくとき、人は強い退屈を感じます。

もう一つは、その活動に意味を見いだせない状態です。
集中できていても、「これをやって何になるのか分からない」と感じると、やはり退屈は生まれます。

こうした考えを統合したのが、「意味と注意の構成要素モデル(MACモデル)」と呼ばれる理論です。
このモデルでは、退屈は「今の状況では、関与や意味が足りていない」というサインとして働き、人を別の行動や考え方へと向かわせると考えられています。


退屈は、人を動かすのか

ここで研究者たちが注目したのが、「挑戦」です。
退屈を感じたとき、人は単に刺激や報酬を求めるだけなのか、それとも「少し難しいこと」「頭や力を使うこと」に自然と向かうのか。

これまでの研究では、退屈がギャンブルや過食など、報酬志向の行動と結びつくことは示されてきました。
しかし、「挑戦そのもの」を求める行動に目を向けた研究はほとんどありませんでした。

そこでこの研究では、「外からのご褒美が一切ない状況」で、人がどれだけ挑戦的な課題を選ぶのかを調べました。


実験のしくみ──退屈を作り、選択を観察する

実験には、約300人の大学生が参加しました。
参加者はまず、二種類の学術的な動画のどちらかを視聴します。

一方は、話し方や映像が工夫され、比較的退屈しにくい動画です。
もう一方は、内容は同じでも、話し方や視覚情報が単調で、退屈を感じやすい動画です。

この操作によって、研究者たちは「強い退屈」と「弱い退屈」を人工的に作り出しました。
実際に、退屈を誘発する動画を見た参加者は、主観的にも強い退屈を報告していました。

その後、参加者には「大学院生の研究を手伝う」という説明がなされます。
報酬はありません。
やるかどうかは自由です。

手伝うことを選んだ人は、暗算課題に取り組みます。
重要なのは、この課題では「難易度を自分で選べる」こと、そして「どれだけ難しい問題を選んでも、報酬は一切変わらない」ことです。


結果① 退屈は「挑戦したい気持ち」を高めていた

まず明らかになったのは、退屈を感じた人ほど、「何か意味のあることをしたい」「もっと挑戦的なことをしたい」と感じていたという点です。
これは自己報告の質問から、はっきりと確認されました。

つまり、退屈は単に気分を悪くするだけでなく、内側で「このままではいられない」という動機を生み出していたのです。


結果② 直接の行動差は見えなかったが…

一方で、「退屈な動画を見た人の方が、実際に難しい問題を多く選んだか」という点では、単純な比較では明確な差は見られませんでした。

ここで研究者たちは、より精密な分析を行います。
退屈 → 挑戦したい気持ち → 実際の挑戦行動、という流れが成り立っているかを検討したのです。

その結果、退屈は直接行動を変えるのではなく、「挑戦したい」という欲求を高め、その欲求が行動につながる、という間接的な経路が確認されました。

興味深いことに、「意味のあることをしたい」という欲求では、同じ経路は確認されませんでした。
この実験では、全員に「他人の研究を助けている」という意味づけが与えられていたため、意味の差が行動に表れにくかった可能性が示唆されています。


結果③ 挑戦は、退屈を和らげていた

さらに重要なのは、挑戦行動そのものが退屈に与える影響です。

退屈を強く感じた状態からスタートした参加者では、より難しい課題を選んだ人ほど、実験後の退屈感が大きく下がっていました。
また、最初は退屈していなかった参加者でも、挑戦的な課題を選んだ人は、後から退屈を感じにくくなっていました。

つまり、挑戦すること自体が、退屈を調整する働きを持っていたのです。


退屈は、敵ではなく信号かもしれない

この研究が示しているのは、退屈を「排除すべき悪い状態」としてだけ見る視点の限界です。
退屈は、「今の環境は、自分にとって簡単すぎる」「関与が足りない」というサインとして働き、より手応えのある行動へと人を向かわせる可能性があります。

努力や負荷は、これまで「コスト」として語られることが多くありました。
しかしこの研究は、努力や挑戦が、退屈を和らげ、日常の関与を保つための資源になりうることを示しています。

退屈な時間に感じる、あの落ち着かなさやむずむず感。
それは、私たちをより意味や手応えのある方向へ動かそうとする、静かな合図なのかもしれません。

(出典:Cognition and Emotion

テキストのコピーはできません。