- 瞑想などで「自分がいない」ただの経験だけがある最小の体験が報告されることがある。
- 脳には扁桃体システム(自分中心の感情・動機)と海馬システム(世界の場所や関係を作る)があり、それぞれ別の意識の起源になりうると考えられている。
- 自分中心の意識が弱まり世界モデルが強くなると自分のいない意識が生まれる可能性があり、リアルタイムfMRIでこの状態を研究できるかもしれない。
私たちはふつう、自分という存在を中心に世界を経験しています。
「私が見ている」「私が感じている」「私が考えている」。
しかし、ときどき奇妙な報告があります。
瞑想の深い状態や特定の意識状態の中で、
自分という感覚が消え
ただ「経験だけ」がある
という体験です。
そこには
主体も
所有者も
行為者もいない。
ただ意識だけがある。
こうした状態は「最小現象的経験(Minimal Phenomenal Experience)」と呼ばれています。
この状態では、私たちが普段当然だと思っている「自分」という感覚がほとんど存在しないと報告されます。
では、このような体験は脳の中でどのように生まれるのでしょうか。
この問題に新しい視点を提示したのが、オーストリアのウィーン大学(University of Vienna)心理学部の研究です。
研究者は、意識の経験そのものを理解するために、脳の発達構造から考え直す必要があると提案しています。
そしてその結果、意識には 二つの異なる起源がある可能性 が示されました。
それは、
・自己中心的な意識
・自己を伴わない意識
という二つのタイプです。
そしてこの違いは、脳の中の二つのシステムによって説明できるかもしれないと考えられています。
意識は「自分中心」なのか
多くの神経科学の理論では、意識は基本的に「自己中心的」なものだと考えられてきました。
私たちは世界を
「自分との関係」で経験しています。
このリンゴは食べられる。
この音は危険かもしれない。
この人は味方か敵か。
こうした判断はすべて、
自分にとって
価値があるか
危険か
という評価に基づいています。
つまり意識は、
生き残るための意思決定システムの一部として働いていると考えられています。
神経科学者マーク・ソルムズは、意識の中心は大脳皮質ではなく、より古い脳の領域にあると指摘しました。
それは脳幹などの領域で、動機や感情の源となる場所です。
この考えでは、
意識
=
行動の動機を生み出す感情のシステム
とされています。
しかしここで問題が生まれます。
もし意識が常に「自分中心」なら、
自分の感覚が消えるような体験はどう説明できるのでしょうか。
瞑想研究などでは、
・主体の感覚が消える
・自己意識が弱まる
・ただ経験だけが残る
という状態が報告されています。
これは、従来の理論では説明が難しい現象です。
そこで研究者は、
脳の発達の仕組みに目を向けました。
大脳皮質は「二つの場所」から広がった
神経解剖学には、あまり知られていない古い仮説があります。
皮質の二重起源仮説(dual origin hypothesis)
というものです。
この仮説によると、大脳皮質は一つの場所から進化したのではなく、
二つの異なる起点から広がった と考えられています。
その二つとは
・扁桃体に近い領域
・海馬に近い領域
です。
この二つの起点から、皮質はそれぞれ異なる方向へ広がっていきました。
研究では、この構造を
アミグダラ・システム(扁桃体システム)
ヒッポカンパス・システム(海馬システム)
と呼んでいます。
そしてこの二つのシステムは、
異なる種類の意識を支えている可能性があります。
自分中心の意識を作る「扁桃体システム」
まず一つ目は 扁桃体システム です。
扁桃体は、感情や動機に関わる脳の重要な領域です。
恐怖
快感
危険
価値
といった評価を行い、行動を調整します。
このシステムは、
・身体の状態
・感情
・動機
・社会的意味
などを統合し、
「自分にとって重要かどうか」
を判断します。
研究では、このシステムが
自己中心的な意識
を作っていると考えられています。
つまり
私はどう感じているか
私は何を望んでいるか
私はどう行動するべきか
という形の意識です。
このシステムは身体や感情と強く結びついています。
そのため、この意識は常に
身体
欲求
生存
という制約の中で働きます。
研究者は、このシステムを
意識の「隠れた泉」
と表現しています。
世界をモデル化する「海馬システム」
もう一つのシステムは 海馬システム です。
海馬は、記憶や空間認識に関わる領域として知られています。
このシステムは
場所
時間
関係
を扱います。
たとえば
・どこに何があるか
・出来事の順序
・物事の関係
などを記録します。
海馬の神経細胞には「場所細胞」があり、
現在いる場所を地図のように表現します。
さらに、記憶や推論などの抽象的な情報処理にも関わっています。
研究では、このシステムは
自己から独立した世界モデル
を作る役割を持つと考えられています。
つまり
世界そのものの構造
関係
パターン
を表現するシステムです。
研究者はこのシステムを
意識の「終わりのない海」
と表現しています。
二つのシステムは普段は一緒に働く
重要なのは、この二つのシステムが
普段は分離して働いているわけではないという点です。
私たちの日常の意識では、
世界モデル(海馬)
+
自己モデル(扁桃体)
が結びついています。
たとえば
「あの場所に危険がある」
という認識では
場所情報
危険の評価
が統合されています。
このように、二つのシステムは相互に連携して働きます。
研究では、視覚の処理にも似た構造があると指摘されています。
脳には
「何か」を識別する経路
「どこか」を認識する経路
があります。
それぞれ
・扁桃体システム
・海馬システム
に対応する可能性があるというのです。
自己のない意識はどう生まれるのか
研究者は、最小現象的経験(MPE)が
この二つのシステムのバランスの変化によって生まれる可能性を提案しています。
具体的には、
扁桃体システムの影響が弱まり
海馬システムが相対的に強くなる
状態です。
このとき、
身体
感情
動機
といった自己中心的な処理が弱まり、
世界モデルだけが残る可能性があります。
その結果、
主体のない意識
純粋な気づき
のような体験が生まれると考えられています。
その状態を研究できるのか
この仮説を検証するために、研究では新しい方法が提案されています。
それが
リアルタイムfMRIニューロフィードバック
です。
これは
脳活動をリアルタイムで測定し
その情報を本人にフィードバックする
技術です。
この方法を使えば、
海馬活動を高め
扁桃体活動を抑える
ような訓練が可能になるかもしれません。
もしこの状態で、
自己のない意識
が報告されれば、仮説を検証できる可能性があります。
意識は「自己」だけではないのか
この研究は、意識の理解に新しい視点を提示しています。
これまで多くの理論では、
意識
=
自己の経験
と考えられてきました。
しかしこの研究は、
意識には
・自己中心的なモード
・自己を伴わないモード
がある可能性を示しています。
そしてその違いは、
扁桃体
海馬
という二つの脳システムの関係から説明できるかもしれないと提案しています。
もしこの考えが正しければ、
意識とは単一のものではなく、
異なるモードを持つ現象
なのかもしれません。
私たちが普段経験している
「私が感じている世界」は、
意識の一つの形にすぎない可能性があります。
そしてその背後には、
より静かで
主体のない
もう一つの意識の形が存在しているのかもしれません。
(出典:Neuroscience of Consciousness)

