- 心の資源「心理資本」が高いほど、試合前の不安が低く自信が高くなる傾向がある。
- 精神的疲労が高いと不安が強まり、心理資本は疲労を減らして不安を抑える可能性がある。
- 成功を目指す動機が強いと自信が高まり不安が下がり、疲労の低下と動機の改善が不安低下につながるという連鎖がある。
試合前の不安を左右する「心の資源」
スポーツの世界では、同じ練習をしてきたはずの選手でも、本番になると結果が大きく変わることがあります。
練習ではできていたプレーが、試合では突然できなくなる。
体が固くなり、判断が遅れ、普段ならしないミスが増えてしまう。
こうした「試合前の不安」は多くの競技で知られている現象ですが、その原因は単純ではありません。
心理学の研究では、試合前の不安はさまざまな心理的要因の影響を受けていると考えられています。
その中で近年注目されているのが、**心理資本(psychological capital)**という概念です。
心理資本とは、人が持つポジティブな心理的資源のことです。
具体的には次の四つの要素から構成されます。
・自分はできるという感覚(自己効力感)
・困難から立ち直る力(レジリエンス)
・目標に向かう希望
・物事を前向きに考える楽観性
これらは単なる気分ではなく、ストレスやプレッシャーに対処するための心理的エネルギーのようなものと考えられています。
しかし試合前の不安は、この心理資本だけで決まるわけではありません。
研究者たちは、そこに関係する二つの心理要因にも注目しました。
それが精神的疲労と達成動機です。
精神的疲労と達成動機という二つの心理状態
スポーツ選手は長期間のトレーニングや競技生活の中で、さまざまな心理的負担を経験します。
その結果として現れるのが精神的疲労です。
精神的疲労には例えば次のような状態が含まれます。
・感情的な疲れ
・達成感の低下
・競技への価値の低下
こうした状態は、プレッシャーの高い状況で不安を強める可能性があります。
一方、達成動機とは、目標達成に向かう心理的な動機づけです。
この動機には二つの方向があります。
・成功を目指す動機
・失敗を避けようとする動機
成功志向が強い選手は挑戦的な目標に向かいやすく、失敗回避が強い選手はミスを避けることに注意が向きやすくなります。
これらの心理状態がどのように試合前の不安と関係しているのかを調べる研究が行われました。
中国の青少年バスケットボール選手を対象にした研究
研究では、中国四川省の青少年バスケットボール選手510人が対象となりました。
参加したのは13歳から18歳までの選手で、四川省の大会に参加する選手たちでした。
調査は大会の24時間前に実施されました。
選手たちは次の心理尺度に回答しました。
・心理資本
・精神的疲労
・達成動機
・試合前不安
これらのデータを統計的に分析することで、各要因の関係が検討されました。
この研究は、中国の**四川体育学院(Sichuan Sports College)と重慶大学(Chongqing University)**の研究者によって行われています。
心理資本が高い選手ほど不安は少ない
分析の結果、まず確認されたのは心理資本と試合前不安の関係でした。
心理資本が高い選手ほど
・試合前の不安が低い
・試合前の自信が高い
という傾向が見られました。
つまり、自己効力感や楽観性、希望、レジリエンスといった心理資源が豊かな選手ほど、本番のプレッシャーに対して安定した心理状態を保ちやすいことが示されました。
精神的疲労が不安を強める
さらに研究では、精神的疲労と試合前不安の関係も確認されました。
精神的疲労が高い選手ほど、試合前の不安が高い傾向がありました。
また心理資本が高い選手ほど、精神的疲労は低くなる傾向が見られました。
つまり
心理資本
→ 精神的疲労が少ない
→ 不安が低い
という関係が存在していたのです。
これは心理資本が心理的エネルギーを保つ役割を持っている可能性を示しています。
成功志向の動機は自信を高める
研究では達成動機の影響も確認されました。
心理資本が高い選手ほど、成功を目指す動機が強い傾向がありました。
そして成功志向の動機が強い選手ほど
・自信が高い
・不安が低い
という傾向が見られました。
つまり心理資本は、単に不安を減らすだけではなく、選手の目標への向き合い方にも影響している可能性があります。
「疲労」と「動機」が連鎖する心理の仕組み
研究ではさらに、精神的疲労と達成動機が連鎖して働く可能性も検討されました。
その結果、次のような流れが確認されました。
心理資本
→ 精神的疲労の低下
→ 達成動機の改善
→ 試合前不安の低下
つまり、心理資本が高い選手は精神的疲労が少なく、その結果として成功志向の動機が維持されやすくなり、不安が低くなる可能性があるということです。
選手の立場や性別による心理の違い
研究では、選手の特徴による違いも見られました。
まず女性選手は、男性選手よりも身体的な不安が高い傾向がありました。
また年齢が高い選手ほど
・心理資本が高い
・自信が高い
・失敗回避の動機が低い
という傾向が確認されました。
さらにポジションによる違いも見られました。
センターの選手は、ガードの選手よりも達成感の低下を感じやすい傾向がありました。
これはセンターの役割が得点よりも守備やリバウンドなどチームプレーに依存するため、成果が目立ちにくいことが関係している可能性があります。
また、先発選手と控え選手にも違いがありました。
先発選手は
・心理資本が高い
・自信が高い
・精神的疲労が低い
・試合前不安が低い
という傾向が確認されました。
本番の不安は「心の資源」の問題かもしれない
この研究は、試合前の不安が単なる緊張ではなく、複数の心理要因が関係する現象であることを示しています。
とくに重要なのは、心理資本という「心の資源」が、精神的疲労や達成動機を通して不安と関係している可能性が示された点です。
心理資本が高いほど
・精神的疲労が少ない
・成功志向の動機が強い
・試合前の不安が低い
という傾向が見られました。
ただしこの研究は、大会の24時間前のデータをもとにした一時点の調査であり、これらの要因の因果関係を直接証明するものではありません。
それでも、この結果は本番で実力を発揮するための条件を考えるうえで一つの視点を示しています。
試合前の不安は単なる弱さではなく、心理的資源、疲労、動機といった複数の心理状態が重なって生まれている可能性があるのです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1800210)

