- 一般知能は「g」と呼ばれ、いろんな問題を解く力だが脳全体のつながり方が大事だと考えられてきた。
- 研究はコネクトームという脳の配線図を分析し、複数のネットワークが同時に働く分散処理が知能に関係すると示した。
- 遠くの領域を結ぶ弱い接続や、ネットワークを切り替える指揮者の役割、スモールワールド構造が知能と関連している可能性がある。
私たちは日々、さまざまな問題を解きながら生きています。
学校の課題、仕事の判断、人間関係の調整、予想外の出来事への対応。こうした多様な状況で「うまく考え、対応できる力」は、心理学では一般知能と呼ばれています。
一般知能は、しばしば「g(ジー)」という記号で表されます。
テストの種類が違っても、成績の良い人は多くの分野で良い結果を出す傾向があります。この共通の能力を説明する概念が、一般知能です。
しかし、長いあいだ科学者たちを悩ませてきた問いがあります。
人間の脳は、どのようにしてこの“幅広い知的能力”を生み出しているのか。
ある特定の場所が知能を生み出しているのでしょうか。
それとも、もっと複雑な仕組みがあるのでしょうか。
最近、この問いに新しい視点を与える研究が発表されました。
それは、人間の知能を「脳のどこか一か所の働き」ではなく、脳全体のネットワーク構造として理解しようとするものです。
そしてその結果は、私たちが長く抱いてきた「知能のイメージ」を大きく変える可能性があります。
知能は「場所」ではなく「ネットワーク」なのか
これまでの脳研究では、知能と関係する特定の脳領域を探す研究が多く行われてきました。
たとえば、
・前頭葉
・頭頂葉
・注意や意思決定に関わる領域
などが知能と関係する可能性が指摘されてきました。
しかし近年、研究者たちは別の考え方を提案しています。
それが**ネットワーク神経科学理論(Network Neuroscience Theory)**です。
この考え方では、知能は特定の脳領域の働きではなく、
脳全体のつながり方(ネットワーク構造)から生まれる
と考えます。
つまり重要なのは、
「どこが働くか」ではなく
「どのようにつながっているか」
なのです。
脳は巨大なネットワークでできている
人間の脳には、およそ860億個の神経細胞があります。
そしてそれらは、無数の接続によって結ばれています。
この複雑な接続の全体構造は、**コネクトーム(connectome)**と呼ばれています。
これは、いわば「脳の配線図」です。
研究者たちは、この配線図の構造を調べることで、
・情報がどのように流れるのか
・脳の各領域がどう協力して働くのか
を理解しようとしています。
今回の研究は、このコネクトームの構造と一般知能の関係を調べた大規模研究です。
831人の脳データを分析
研究では、Human Connectome Projectという大規模データベースが使われました。
ここには、健康な若い成人の
・脳構造
・脳活動
・認知テスト
などのデータが詳細に記録されています。
研究者たちは、831人の参加者の脳データを分析しました。
具体的には、
・脳の構造的な接続(神経線維のつながり)
・脳活動のパターン(機能的な連動)
を同時に分析し、脳ネットワークの全体構造をモデル化しました。
そしてそのネットワークの特徴と、参加者の一般知能(g)との関係を調べたのです。
知能は「複数のネットワーク」が協力して生まれる
分析の結果、いくつかの重要な特徴が明らかになりました。
まず、一般知能は
複数の脳ネットワークが同時に関わる
ことが確認されました。
これは「分散処理」と呼ばれる特徴です。
つまり、知能は
・一つの領域
・一つの機能
によって生まれるのではなく、
多くの脳ネットワークが協力することで生まれる
ということです。
問題解決、記憶、注意、推論など、さまざまな認知機能が同時に働くことで、私たちは複雑な課題に対応できるのです。
重要なのは「遠くのつながり」
もう一つの興味深い結果があります。
それは、知能と関係していたのが
弱くて長い接続
だったという点です。
脳には
・近くの領域同士の強い接続
・遠くの領域を結ぶ弱い接続
の両方があります。
一般知能が高い人では、特に
遠く離れた領域を結ぶ接続
が重要な役割を果たしていました。
これは、脳の異なるネットワーク同士が情報を交換するために重要です。
言い換えれば、
脳の広い範囲を統合する能力
が知能に関係している可能性があります。
ネットワークを調整する「指揮者」の役割
研究ではさらに、特定の脳領域が
ネットワーク間の調整役
として働いていることも示されました。
これらの領域は、さまざまなネットワークの活動を切り替えたり、調整したりする役割を持っています。
研究者たちは、この働きを
モーダルコントロール(modal control)
と呼んでいます。
これは、脳の活動を
・現在の状態から
・別の活動状態へ
切り替える能力です。
例えば、
・集中する
・問題を解く
・新しい考え方を試す
といった場面で、脳の活動パターンを柔軟に変える必要があります。
こうした切り替え能力が、知能の重要な要素である可能性が示されました。
「スモールワールド構造」という特徴
さらに、脳ネットワークには
スモールワールド構造
という特徴が見られました。
これは、
・局所的な密なつながり
・遠距離のつながり
の両方を持つネットワーク構造です。
この構造は、
・情報伝達が効率的
・システム全体が協調しやすい
という特徴を持っています。
インターネットや社会ネットワークでも、この構造がよく見られます。
脳も同様に、効率よく情報をやり取りするために、このような構造を持っていると考えられます。
そしてこの構造が、一般知能と関係している可能性があるのです。
この研究を行った組織
この研究は、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(University of Illinois Urbana-Champaign)を中心とする研究チームによって行われました。
研究には、脳科学、心理学、工学など複数の分野の研究者が参加しています。
彼らは、人間の知能を理解するためには、脳の個々の領域だけでなく、
脳全体のネットワーク構造
を見る必要があると考えています。
知能研究の視点が変わりつつある
今回の研究は、知能研究の視点を大きく変える可能性があります。
これまでの多くの研究では、
「知能に関係する脳領域」
を探すことが中心でした。
しかし今回の結果は、
知能は脳のネットワーク全体の性質から生まれる
可能性を示しています。
つまり、
知能とは
「脳のどこか」ではなく
「脳のつながり方そのもの」
なのかもしれません。
人間の知能とは何なのか
私たちは、知能を
・頭の良さ
・能力の高さ
として考えがちです。
しかし脳のネットワークという視点から見ると、知能とは
多くのシステムを協調させる能力
とも言えます。
記憶、注意、感情、推論、想像。
これらを状況に応じて組み合わせる能力です。
それは、単一の「能力」というより、
脳全体の調和した活動
なのかもしれません。
知能は「脳全体の協力」で生まれる
今回の研究が示しているのは、シンプルな事実です。
人間の知能は、
・一つの場所
・一つの回路
から生まれるものではない。
それは、
脳全体のネットワークが協力して働くことで生まれる
ものなのです。
私たちが問題を解くとき、
アイデアを思いつくとき、
新しいことを理解するとき。
その背後では、脳の広い領域がつながり、協力し、情報をやり取りしています。
知能とは、脳のどこかにある「装置」ではなく、
脳全体が作り出すダイナミックな現象なのかもしれません。
そしてこの視点は、これからの知能研究だけでなく、
・脳科学
・心理学
・人工知能
といった多くの分野に、新しい問いを投げかけることになりそうです。
(出典:nature communications )

