後悔は、海賊版を減らすのか

この記事の読みどころ
  • 期待後悔という心の働きが、解約や視聴の選択で後悔を予測して意思決定に影響する。
  • 後悔の予測は海賊版を減らすときも増やすときもあり、海賊版の質によって結果が変わる。
  • 企業は品質投資やサービス強化で満足度を高めることがある一方、期待後悔が強いと海賊版市場が拡大する逆説もある。

私たちは、あとから後悔することを避けたいと思いながら選択をしています。
あの映画を見逃したら後悔するかもしれない。
このサブスクを解約したら、限定コンテンツを逃してしまうかもしれない。

こうした「まだ起きていない後悔」を想像しながら意思決定をする心の働きを、心理学では期待後悔(anticipated regret)と呼びます。

2026年にPLOS Oneに掲載された研究では、この「期待後悔」が、正規の情報サービスと海賊版サービスの競争にどのような影響を与えるのかを、数理モデルによって分析しました。研究は、中国の江蘇理工大学、江蘇大学、南瑞研究院などの研究グループによって行われています。

この研究の問いは明確です。

消費者が「あとで後悔するかもしれない」と思う気持ちは、
海賊版の拡大を抑えるのでしょうか。
それとも、逆に広げてしまうのでしょうか。


サブスクリプション時代の不確実な選択

かつての情報商品は、CDやDVDのような「一回買い切り型」でした。
しかし現在の主流は、動画配信や音楽配信などのサブスクリプション型サービスです。

この変化によって、消費者の選択は一度きりではなくなりました。
毎月、更新するかどうかを判断する必要があります。

そのたびに心の中で起きるのが、「もし解約して後悔したらどうしよう」という予測です。

研究では、この予測される後悔を、次の三つの要素からなる量として定式化しています。

  1. 後悔が起こる確率

  2. 起こった場合の損失の大きさ

  3. その人がどれくらい後悔に敏感か(感受性)

この三つを掛け合わせたものが、「期待後悔による負の効用」として扱われました。


海賊版を選ぶときに生まれる後悔

海賊版を利用する場合、消費者は次のような不安を感じます。

・画質や音質が不安定かもしれない
・突然サービスが停止するかもしれない
・ウイルスのリスクがあるかもしれない
・倫理的な負い目を感じるかもしれない

一方で、正規サービスを選ぶ場合にも別の後悔がありえます。

・料金を払ったのに期待ほど面白くなかった
・無料の海賊版で十分だったかもしれない

つまり、後悔は一方向ではありません。
この双方向性が、研究の中心的なテーマになっています。


興味深い逆転現象

この研究で特に重要なのは、期待後悔が常に海賊版を減らすわけではない、という結論です。

結果は三つのパターンに分かれました。

① 海賊版の質が低く評価されている場合

消費者が「海賊版はやはり品質が劣る」と感じている状況では、期待後悔が強いほど海賊版は市場から退出しやすくなります。

なぜなら、

「海賊版を選んで失敗したら後悔する」

という予測が強まるからです。

この場合、期待後悔は正規市場を守る方向に働きます。


② 海賊版の質が高く評価されている場合

しかし、消費者が海賊版を「ほとんど正規品と変わらない」と感じている場合、事情は逆転します。

正規サービスが価格を引き上げると、

「お金を払ったのに損したらどうしよう」

という後悔が強くなります。

その結果、むしろ海賊版への流入が増えることがあります。

つまり、期待後悔が海賊版の「温床」になりうるのです。


③ 中間的な状況

質の評価が中程度の場合、期待後悔の効果は単純ではありません。
ある水準までは海賊版を減らしますが、それ以上になると逆効果になる可能性も示されました。

この非線形的な関係は、感情が経済行動に与える影響の複雑さを示しています。


企業の戦略はどう変わるのか

研究は、期待後悔が強いほど、正規サービス提供者は次の行動をとる傾向があると示しました。

・品質投資を増やす
・価格を引き上げる

これは一見、消費者にとって不利に見えます。

しかし、興味深いことに、モデル上では消費者余剰(消費者が得る満足の総量)は増加する傾向が示されました。

なぜでしょうか。

期待後悔が働くことで、企業は単なる価格競争ではなく、

・サービスの安定性
・機能の充実
・会員特典の強化

といった質的向上に投資するからです。

その結果、全体としての社会的厚生(social welfare)も増加する可能性が示されています。


取り締まりだけでは解決しない

従来の研究では、海賊版対策は「取り締まり強化」が中心でした。

しかし本研究は、外部からの強制的な規制だけでは十分でないと示唆しています。

過度な取り締まりは、

・価格競争の激化
・品質低下
・消費者余剰の減少

を招くこともあるとされています。

それに対して、期待後悔は「内部から働く心理的メカニズム」です。

企業がサービス設計を工夫し、

「解約したら惜しい」
「ここでしか体験できない」

という感覚を高めることで、海賊版への移行を抑えることができると考えられます。


それでも残る逆説

しかし、最後にもう一つ重要な結果があります。

競争市場が存在する場合、期待後悔が強いほど、海賊版の市場シェア(海賊率)はむしろ増加する傾向があるというのです。

これは直感に反します。

理由はこうです。

期待後悔が強まる

企業が品質を高める

品質の基準全体が上がる

これまで市場に参加していなかった消費者も参入する

その一部が海賊版を選ぶ

つまり、総需要が増えるため、海賊版も一定程度拡大するのです。

期待後悔は、単純な「善」でも「悪」でもありません。
市場全体を活性化させる触媒のような役割を持っています。


後悔は敵か、資源か

この研究が示しているのは、感情が市場構造を変えるという事実です。

私たちは、合理的な計算だけで動いているわけではありません。
「あとで後悔したくない」という予測が、価格、品質、競争構造、社会的厚生にまで影響を与えます。

期待後悔は、コストのかからない心理的メカニズムです。
しかしその効果は強力で、ときに予想外の方向へ市場を動かします。

海賊版をなくすために必要なのは、
罰の強化でしょうか。
それとも、後悔の設計でしょうか。

感情は不合理に見えます。
しかし、その不合理さが、経済を動かしているのかもしれません。

私たちは何を選ぶとき、
どんな未来の後悔を想像しているのでしょうか。

その想像こそが、市場の見えない力になっているのかもしれません。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0343031

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