「良い人生」とは、誰が決めるのか?

この記事の読みどころ
  • 他人の人生を「よい」「幸せ」「意味がある」と判断しやすく、創造的な活動や社会への影響がある話が高く評価されることが多い。
  • 「幸せな人生」は今の気分に関係し、「よい人生」は成功と安定とつながり、「意味のある人生」は文化的な貢献と関連することが多い。
  • AIで作った架空の有名人の物語を用いた実験で、物語が私たちの評価に影響を与える可能性が示された。

私たちは、なぜ他人の人生を評価してしまうのか

テレビのドキュメンタリーや雑誌の記事を見ていると、こんなことを思うことがあります。
「この人の人生は幸せそうだ」
「この人の人生は意味がありそうだ」

私たちは、自分の人生だけでなく、他人の人生についても自然に評価をしてしまいます。とくに有名人の人生は、テレビ番組やニュース、SNSなどを通して頻繁に語られます。そのため多くの人が、知らないうちに「この人は幸せそうか」「この人の人生は充実しているか」といった判断をしているのです。

しかし、ここで一つの疑問が生まれます。

私たちはいったい何を手がかりにして、他人の人生を「良い」「幸せ」「意味がある」と判断しているのでしょうか。

この問いを調べるため、日本の研究者たちが興味深い研究を行いました。研究は、名古屋商科大学、統計数理研究所、東北大学、桃山学院大学、そして東京大学の研究者による共同研究です。

この研究は、人々がどのように「よい人生」「幸せな人生」「意味のある人生」を評価するのかを、少し変わった方法で調べました。

「幸せな人生」「よい人生」「意味のある人生」は同じなのか

心理学や哲学の研究では、人の幸福にはいくつかの種類があると考えられています。

この研究では、ウェルビーイング(well-being)を三つの側面に分けています。

まず一つ目は「幸せな人生」です。
これは人生の満足度や楽しい経験など、主観的な幸福感を表します。

二つ目は「よい人生」です。
これは成長や充実、いわゆる「人としてよく生きているか」という視点です。

三つ目は「意味のある人生」です。
これは人生の目的や社会への影響、文化的な貢献など、存在の意義に関わる側面です。

一見すると似ていますが、この三つは少しずつ違うものです。

幸せは「今の気持ち」に近いものです。
よい人生は「人生全体の充実」に近いものです。
意味のある人生は「人生の価値」に近いものです。

研究者たちは、人々が他人の人生を見たとき、この三つをどのように判断しているのかを調べようとしました。

AIが作った「架空の有名人の人生」

この研究では、従来とは少し違う方法が使われました。

これまでの心理学研究では、短い文章を読ませて評価させる実験がよく行われてきました。例えば、

「ある人物は成功した会社員である」
「ある人物は収入が高い」

といった短い設定を読んで評価する方法です。

しかし、現実の人生はもっと複雑です。私たちは他人の人生を判断するとき、短い情報だけではなく、長い物語を通してその人生を想像します。

そこで研究者たちは、Wikipediaの記事をもとに、有名人のような人生の物語を大量に用意しました。

対象になったのは、日本の俳優、ミュージシャン、コメディアンなどの人物に関する記事です。

しかし実在の人物を評価すると倫理的な問題があるため、研究者たちはAIを使ってそれらを架空の人物の伝記に作り変えました。

AIには次のような指示が与えられました。

元の記事を参考にしながら、
名前や団体名などをすべて変更し、
実在の人物が特定できない完全な架空の人生にする。

こうしてWikipediaの伝記のような文章が1200本作られました。

研究者たちはさらに、人の手で文章を確認し、不自然な表現や倫理的な問題がないかを修正しました。

例えば

・実在の人物の名誉に関わる内容
・過度に性的な描写
・事実と矛盾する表現

などが取り除かれました。

6000人が架空の有名人を評価した

次に研究者たちは、日本の成人6000人を対象にオンライン調査を行いました。

参加者は、架空の有名人の人生記事を読みます。

そして次の三つの質問に答えました。

この人は
「よい人生」を送っていると思うか
「幸せな人生」を送っていると思うか
「意味のある人生」を送っていると思うか

回答は5段階で評価されました。

参加者はそれぞれ複数の記事を読み、合計で36000件の評価データが集まりました。

その後、研究者たちは文章の内容をコンピュータで分析しました。

研究では、文章のテーマを自動的に見つける統計手法が使われました。この方法によって、人生の物語の中に現れるテーマが分類されました。

例えば次のようなテーマです。

・音楽活動
・芸術活動
・コメディアンとしての活動
・公的イベント
・映画制作
・個人生活
・初期キャリア

研究では、こうしたテーマが人々の人生評価にどのような影響を与えるのかを分析しました。

人々は「創造的な人生」を高く評価する

分析の結果、いくつかの明確な傾向が見えてきました。

まず三つの評価すべてに共通していたのは、

芸術活動
社会的な影響力
キャリアの成功

です。

例えば

音楽活動
芸術的な表現
社会的イベントへの参加

などが描かれている人生は、

「よい人生」
「幸せな人生」
「意味のある人生」

と評価されやすい傾向がありました。

つまり人々は、

創造的な活動や社会への影響を持つ人生を高く評価する

傾向があることが示されました。

幸せな人生を決めるもの

次に「幸せな人生」の評価を見てみると、いくつかの特徴がありました。

幸福の評価を高める要素として目立ったのは

・若い頃の成功
・音楽活動
・芸術活動
・公的イベントへの参加

でした。

これらは、活躍や人気、社会との関わりを感じさせる要素です。

一方で、幸福の評価を大きく下げる要素もありました。

例えば

・離婚
・家族問題
・人生の困難
・キャリアの衰退

などです。

つまり人々は、困難やトラブルの多い人生を「幸せではない」と判断する傾向がありました。

「よい人生」は成功と結びついている

「よい人生」の評価も、幸福の評価とかなり似ていました。

特に強く関係していたのは

・キャリアの成功
・社会的認知
・芸術活動

でした。

逆に、

・私生活のトラブル
・人生の不安定さ
・衰退したキャリア

などは評価を下げる要因でした。

つまり多くの人は、

成功
社会的評価
安定

といった要素を「よい人生」と結びつけているようです。

「意味のある人生」は少し違う

しかし「意味のある人生」は、少し違う特徴を持っていました。

意味の評価で最も強く関係していたのは

芸術活動
文化的な貢献

でした。

つまり人々は、

文化や芸術に何かを残した人生を
「意味のある人生」と考える傾向がありました。

さらに興味深い結果もありました。

人生の衰退や死といった要素は、幸福の評価ではマイナスでしたが、意味の評価では必ずしもマイナスではありませんでした。

これは、

人生の困難
人生の終わり
歴史的な記憶

が、人生の意味として解釈されることがあるからかもしれません。

「幸せ」「よい」「意味」はかなり似ている

研究ではもう一つ重要な結果がありました。

三つの評価は強く関連していました。

「よい人生」と「幸せな人生」の評価は特に近く、
三つの評価の相関は0.7〜0.8程度でした。

つまり多くの人は、

幸せ
よい人生
意味のある人生

をかなり似たものとして考えているようです。

ただし、その中には微妙な違いもあります。

幸福は「今の充実」に関係します。
よい人生は「成功と安定」に関係します。
意味のある人生は「文化的な貢献」に関係します。

つまり同じ人生でも、見る角度によって評価が少し変わるのです。

メディアが作る「人生の評価」

この研究は、ウェルビーイング研究に新しい視点を加えています。

これまでの研究では、短い設定文を使った実験が多く行われてきました。
しかしこの研究は、実際のメディア記事のような人生の物語を使って、人々の評価を調べました。

その結果、人々の人生評価には、メディアの物語が大きく関わっている可能性が示されました。

芸術活動
社会的成功
公的な活躍

といった要素は、メディアで語られやすい人生の側面です。

そのため人々は、そうした物語を通して人生の価値を判断しているのかもしれません。

人生の評価は、どこから生まれるのか

私たちは日常の中で、知らないうちに他人の人生を評価しています。

テレビ番組
SNS
ニュース
インタビュー記事

こうした物語を読みながら、私たちは

「この人は幸せそうだ」
「この人生には意味がある」

と感じています。

しかし、その判断は必ずしも客観的なものではありません。

社会が語る物語
メディアが描く成功
文化が重視する価値

そうした枠組みの中で、私たちは人生を理解している可能性があります。

つまり私たちが見ている「良い人生」とは、
単に個人の経験だけではなく、社会が共有している物語の中で形づくられているものなのかもしれません。

そしてその物語は、これからも少しずつ変わり続けていくのでしょう。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0340627

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