自分の声は本当に「自分の声」なのか

この記事の読みどころ
  • 声は内なる感覚と社会の影響を受け、自己認識の手掛かりにもなります。
  • トランスジェンダーやジェンダー多様な人は、録音した声などで自分の声が自分と合わないと感じやすい傾向がありました。
  • 内側の声のイメージの方が自分と合いやすく、身体感覚の信頼や感情の気づきが声の一致感と関係しています。

私たちは日常生活の中で、自分の声について深く考えることはあまりありません。
話しているときの声も、頭の中で思い浮かべる声も、録音された声も、どれも同じ「自分の声」だと感じているからです。

しかし、録音された自分の声を聞いたときに「こんな声だったのか」と驚いた経験を持つ人は多いでしょう。
普段聞いている声と、録音された声が違って聞こえるという現象は、多くの人に共通する体験です。

では、この違和感はなぜ生まれるのでしょうか。
そして、この違和感の強さには、人によって違いがあるのでしょうか。

こうした問いを調べた研究があります。

この研究は、イタリアのサピエンツァ大学(Sapienza University of Rome)心理学部および臨床心理学・健康研究部門、さらにイタリア国立研究評議会(National Research Council)の認知科学技術研究所の研究者たちによって行われました。

研究の焦点となったのは、「声と自己認識の関係」です。


声は自己の重要な手がかり

人間にとって身体は、外の世界と関わるための基盤です。
私たちは身体の内側からの感覚と、外側からの刺激を統合することで「自分」という感覚を作り上げています。

このとき重要になるのが、**内受容感覚(インタロセプション)**です。
これは、心拍や呼吸、体の内部状態など、身体の内側からの信号を感じ取る能力を指します。

この内受容感覚は、自分が自分であるという感覚を安定させる役割を持つと考えられています。

そして研究者たちは、もう一つ重要な要素に注目しました。
それがです。

声は単なるコミュニケーションの手段ではありません。
声には、年齢、感情、出身、そしてジェンダーなど、多くの情報が含まれています。

つまり声は、身体と社会の両方に関わる、自己の重要な特徴の一つなのです。


声の「一致感」という考え方

研究では、声に関する重要な概念として
声の一致感(ボーカル・コングルエンス)
が取り上げられました。

これは簡単に言うと、

「自分の声が、自分という感覚とどれくらい一致していると感じられるか」

というものです。

私たちは日常生活の中で、いくつかの形で自分の声を経験しています。

たとえば次のような状況です。

  • 普通に声を出して話す

  • 録音された自分の声を聞く

  • 頭の中で言葉を思い浮かべる(内言)

  • 声を出さずに文章を読む

それぞれの状況では、感覚的な体験は少しずつ異なります。

しかし通常は、それらすべてが同じ「自分の声」としてまとまって感じられます。

このまとまりが崩れると、声に対する違和感が生まれると考えられています。


声とジェンダー

声は、ジェンダーとも深く結びついています。

声の高さや話し方、イントネーションなどは、多くの文化で「男性らしい声」「女性らしい声」として認識されることがあります。

そのため、声が自分のジェンダー感覚と一致しない場合、大きな違和感やストレスにつながることがあります。

特に、トランスジェンダーやジェンダー多様な人々(TGNC)にとって、声は重要な問題になることがあります。

声には次のような特徴があるからです。

  • 声は身体的特徴を反映する

  • 声は社会的なジェンダー認識に影響する

  • 声は他人に自分の情報を伝える手段になる

このため、自分のジェンダー感覚と声の特徴が一致しない場合、
「自分の声が自分らしくない」と感じる可能性があります。

研究では、この点を詳しく調べました。


実験の方法

研究には、44人の参加者が参加しました。

参加者は二つのグループに分けられました。

  • シスジェンダーの人(22人)

  • トランスジェンダーまたはジェンダー多様な人(22人)

参加者は、三つの状況で自分の声を体験しました。

1 黙読
声を出さずに文章を読む

2 音読
声に出して文章を読む

3 録音された自分の声を聞く

つまり、

  • 内側の声

  • 実際に出した声

  • 外から聞く自分の声

という三つの体験を比較したのです。

それぞれの状況のあとで、参加者は

  • 声が自分のものに感じられるか

  • 声が自分の性別と一致しているか

  • 声に満足しているか

  • 声をコントロールできている感覚があるか

などを評価しました。


結果

分析の結果、明確な違いが見つかりました。

トランスジェンダーやジェンダー多様な参加者は、
すべての条件で、シスジェンダーの参加者よりも声の一致感が低い傾向がありました。

特に差が大きかったのは、

録音された自分の声を聞く条件でした。

つまり、外側から聞く自分の声が、自分の感覚と一致しないと感じやすかったのです。

また、興味深いことに、

黙読の条件では一致感が比較的高くなる傾向

も見られました。

これは、実際の音声ではなく、頭の中で想像する声の方が、自分の感覚と一致しやすい可能性を示しています。


内側の身体感覚との関係

研究では、身体感覚や感情との関係も調べられました。

その結果、いくつかの特徴が見つかりました。

トランスジェンダーやジェンダー多様な参加者は、

  • 自分の身体を信頼する感覚が低い

  • 感情を認識し言葉にすることが難しい傾向(アレキシサイミア)

などの傾向が、シスジェンダーの参加者よりも高いことが確認されました。

さらに分析すると、

身体感覚への信頼や感情への気づきが高い人ほど、
声の一致感も高くなる傾向が見られました。

つまり、声の違和感は単に音の問題ではなく、

  • 身体感覚

  • 感情の理解

  • 社会経験

など、さまざまな要因と結びついている可能性があります。


声は身体と社会の交差点にある

今回の研究は、声が単なる音声ではなく、

身体・感情・社会・アイデンティティが交わる場所

であることを示しています。

私たちは普段、声を当たり前のものとして使っています。
しかしその声は、

  • 身体の感覚

  • 自己認識

  • 社会の期待

といった多くの要素の影響を受けています。

そのため、声と自己の関係は人によって異なります。

自分の声が「自分らしい」と感じられることは、
単なる音声の問題ではなく、

自分が自分であるという感覚

とも深く結びついているのかもしれません。

そしてこの研究は、
その複雑な関係の一端を明らかにする試みと言えるでしょう。

(出典:Frontiers in Cognition DOI: 10.3389/fcogn.2026.1638501

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