- いじめをきっかけに情緒障害を持つ思春期の子どもの親も、家庭の空気や親の時間が変わっていくことがある。
- 親は病気を十分に理解できず、不安や怒り、無力感などの心理的反応と、胸の痛みや不眠など身体的症状を経験する。
- 親は子どもの回復を支えるために、関わり方の学習や学校・医療・法などの支援が必要だと感じている。
「いじめで子どもが壊れた」とき、親の身体も壊れていく
子どもが学校でいじめを受け、その後に「情緒障害」と診断されるような状態に至ったとき、変わるのは子どもだけではありません。家庭の空気、親の時間、親自身の心と身体もまた、静かに、しかし確実に変化していきます。
この研究は、いじめをきっかけに情緒障害を発症した思春期の子どもをもつ親の体験に焦点を当てた質的研究です。親たちへのインタビューを通して、子どもの病気をどう理解し、どう反応し、その過程で自分自身がどのように追い込まれていくのかを丁寧に描き出しています。
研究は、中国江蘇省淮安市のハイアン第3人民病院(Huai’an No.3 People’s Hospital)に所属する研究チームによって行われ、倫理委員会の承認を得て実施されました。
研究は何をしたのか
対象となったのは、11〜18歳で、学校いじめをきっかけに情緒障害と診断され、精神保健センターで治療を受けていた思春期患者の親14人です。2023年8月から2024年10月の間に、半構造化面接という形式で1回30〜40分ほどのインタビューが行われました。
語られた内容は録音・文字起こしされ、コライツィ法(Colaizzi’s seven-step method)という質的分析の手法を用いて整理されています。単なる感想の列挙ではなく、「親の理解」「心理的反応」「身体的反応」「支援ニーズ」といった構造的なテーマとしてまとめられました。
親はまず「病気」を理解できない
最初に浮かび上がったのは、親の多くが情緒障害という病気そのものをよく知らなかったという事実でした。14人中、入院前からこの種の疾患を知っていた親はわずか2人でした。
説明を受けても「よく分からない」「そんな病気があるとは思わなかった」と語る親も少なくありませんでした。その理解の不足は、いくつかの形で表れます。
-
「学校に行きたくない言い訳ではないか」
-
「気持ちの問題だろう」
-
「時間がたてば自然に治るのではないか」
-
「厳しくすれば改善するのではないか」
逆に、「自分たちには何もできない」「医師に任せるしかない」と、家庭の役割を極端に小さく捉えるケースもありました。また、「やり返せばすっきりするはずだ」といった報復的な発想も語られています。
どれも、親なりの「何とかしたい」という思いから出てきたものですが、結果として子どもにさらなる負担をかける可能性もあります。
心理的反応は複雑で揺れ続ける
次に明らかになったのは、親のさまざまな心理的反応です。不安、怒り、後悔、無力感、自責、失望といった感情が繰り返し語られました。
不安は「治るのか」という心配にとどまりません。学業はどうなるのか、進学や就職はどうなるのか、社会で差別されないか、といった将来への予測不安が強く現れます。
怒りは、いじめをした側への怒りだけでなく、「なぜうちの子が」という理不尽さへの怒りでもあります。
後悔は、「もっと早く気づけたのでは」「もっと話を聞けたのでは」という、自分自身への問いとして現れます。
無力感は、「何を言っても届かない」「どう支えればよいのか分からない」という感覚です。
そして「失望」という言葉も語られました。子どもを責めたいわけではない。それでも、「この先どうなるのか」「やっていけるのか」と思ってしまう自分がいる。守りたい気持ちと現実への不安が、親の中でせめぎ合っています。
心の問題が身体に現れる
親の苦しみは、心理的なものだけにとどまりませんでした。
胸の圧迫感、原因のはっきりしない痛み、不眠、食欲低下、全身のだるさ。こうした身体症状が多く語られています。
家事ができない、仕事に集中できない、効率が落ちる。一般病院を何度も受診する。生活機能そのものが低下していきます。
ある親は「子どもが回復すれば自分もよくなるかもしれない」と語りながら、「でも自分はもう元に戻れないかもしれない」とも述べています。親自身の回復は、子どもの状態に強く縛られているのです。
親が求めている支援
研究では、親たちが強く求めている支援も整理されています。
-
子どもとのコミュニケーションを学べる場
-
心理職や医療者による具体的な関わり方の指導
-
いじめ予防や法的知識についての教育
-
復学時の学校側の配慮と適切な加害側対応
-
ネット上の中傷やサイバーいじめへの監督強化
親は「家庭だけで頑張る」ことの限界を感じています。いじめは学校で起きますが、影響は家庭に入り込み、オンライン空間にも広がります。医療、学校、法制度、地域社会がつながる支援の網が必要だというのが、親たちの切実な声でした。
研究が示していること
この研究は、「いじめによる情緒障害」という出来事を、子ども個人の問題としてではなく、家族単位の出来事として捉え直しています。
親の理解不足は、責められるべきものではなく、情報と支援の不足から生じています。親の感情の揺れや身体症状も、弱さではなく、長期的なストレスへの反応として理解されるべきものです。
子どもを支えるためには、親もまた支えられる必要があります。
いじめは一つの出来事ですが、その影響は時間とともに広がります。子どもの回復を語るとき、親の心と身体がどのような状態に置かれているのか。その視点を持つことが、支援の出発点なのかもしれません。
親の苦しみは、見えにくいだけで、確かに存在しています。そしてそれは、子どもの回復と無関係ではないのです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1682557)

