- イノベーティブ・ビヘイビアを決めるのは、創造的自己効力感(自分は創造的にできるという感覚)だという結果が出ました。
- 思考力や創造性の数値よりも、この「自分はできる」という感覚が行動へつながる強い予測因子でした。
- 知識やIQは一定の役割を持つものの、それ以上にCSEを高める mediating role があり、環境づくりや小さな成功体験の積み重ねが大切だと示されました。
私たちは、子どもが新しいアイデアを思いつくとき、「頭の良さ」や「発想力」が決め手だと思いがちです。
けれども、本当にそれだけなのでしょうか。
2026年に『Humanities and Social Sciences Communications』に掲載された研究は、この問いに一つの明確な答えを示しました。研究を行ったのは、チュラロンコン大学(Chulalongkorn University)教育学部の研究チームです。タイ全国の小学生から高校生まで、1,494名を対象に、大規模な調査が行われました。
この研究が焦点を当てたのは、「イノベーティブ・ビヘイビア(Innovative Behavior:INB)」、つまり“新しいアイデアを実際の行動や成果にまで発展させる力”です。
重要なのは、単にアイデアを思いつくことではありません。
そのアイデアを育て、磨き、形にすること。
そして他者と協力しながら実現に近づけていくこと。
研究は、「何がその力を支えているのか」を、心理学的に検証しました。
「考える力」だけでは足りない
研究では、次の4つの要因が調べられました。
・思考力(Thinking Ability:THI)
・創造性指数(Creativity Quotient:CQ)
・創造性傾向(Creativity Disposition:CD)
・創造的自己効力感(Creative Self-Efficacy:CSE)
これらがどのようにINBに影響するのか、構造方程式モデリングという統計手法で分析されています。
まず意外だったのは、参加した児童・生徒の「思考力」が比較的低い水準だったことです。一方で、創造性傾向や創造的自己効力感、イノベーティブ・ビヘイビア自体は「中程度」の水準でした。
つまり、必ずしも高い思考力がなくても、ある程度の創造的行動は見られていたのです。
しかし、さらに重要なのは、どの要因が最も強くINBに影響していたか、という点です。
最大の影響を持っていたもの
分析の結果、もっとも強い直接効果を持っていたのは「創造的自己効力感(CSE)」でした。
その標準化係数は β=0.62。
これは他の変数と比べても圧倒的に大きな値です。
創造的自己効力感とは、「自分は創造的なアイデアを生み出し、それを実行できる」という信念のことです。
つまり、
「できる」と思っている子どもほど、
実際に行動に移していた。
ということになります。
ここで重要なのは、IQや単純な思考力よりも、「自分はできる」という感覚のほうが、実際の創造的行動を強く予測していたという事実です。
心理的特性が“橋渡し”をしていた
さらに興味深いのは、創造的自己効力感が“媒介変数”として働いていた点です。
思考力や創造性指数、創造性傾向は、直接INBに影響するだけでなく、まずCSEを高め、それを通じてINBに影響していました。
たとえば、
創造性傾向 → 創造的自己効力感 → イノベーティブ・ビヘイビア
という経路が有意でした。
つまり、
性格的に好奇心が強い
曖昧さを受け入れられる
挑戦を好む
こうした特性は、まず「自分は創造的でいられる」という感覚を育て、その結果として実際の行動に結びついていたのです。
研究モデルは、INBの分散の78%を説明しました。これは非常に高い説明力です。
「知能」と「創造性」の関係
この研究は、創造性と知能の関係についても示唆を与えています。
分析では、思考力や創造性指数も有意な効果を持っていました。ただし、その影響は心理的要因より小さいものでした。
これは「閾値理論(Threshold Theory)」と呼ばれる考え方とも一致します。
ある程度の知的水準までは創造性を支えますが、それ以上になると必ずしも比例しない、という理論です。
極端に高い分析的思考は、かえって発散的思考(divergent thinking)を抑制する可能性もあると指摘されています。
つまり、
考える力は土台ではある。
しかし、それだけでは創造的行動にはならない。
そこに「自分はできる」という感覚が加わって、初めて行動に変わるのです。
教育への問い
この研究は、タイの基礎教育(7歳から18歳)を対象に行われました。チュラロンコン大学の研究倫理委員会の承認を受けて実施されています。
結果は、教育政策にとっても示唆的です。
もしイノベーション人材を育てたいなら、
・思考力トレーニング
・発想法の指導
だけでは不十分かもしれません。
むしろ、
・挑戦しても大丈夫な環境
・曖昧さを受け入れる文化
・小さな成功体験の積み重ね
こうした経験が、創造的自己効力感を育て、それが最終的に行動へとつながる可能性があります。
研究は横断的(cross-sectional)な設計であり、因果関係を断定するものではありません。また、タイの教育文脈に限定されたデータである点も、慎重に考える必要があります。
それでも、この研究は明確なメッセージを持っています。
「できると思える」ことの力
創造性とは、特別な才能の問題なのでしょうか。
それとも、信念の問題なのでしょうか。
この研究は、少なくとも基礎教育段階では、
「自分は創造的に行動できる」という感覚が、
最も強い予測因子だった
と示しています。
知識よりも。
IQよりも。
発想テストの得点よりも。
子どもが何かを形にするかどうかは、「自分はできる」と思えているかどうかに大きく左右されていました。
では、私たちの教育は、その感覚を育てているでしょうか。
失敗をどう扱っているでしょうか。
曖昧な問いを、どれだけ許しているでしょうか。
創造性を育てるとは、才能を探すことではなく、
信念を支えることなのかもしれません。
そしてその問いは、タイだけでなく、どの社会にとっても他人事ではないはずです。
(出典:humanities and social sciences communications DOI: 10.1057/s41599-026-06715-0)

