- サイケデリックを使った経験がある人は、アイデアを多く生み出す力(拡散的思考)が高い傾向にある。
- しかし、直感で答えを見直す力(認知的熟慮)やひらめきの多さには、サイケデリック経験の差はあまり見られなかった。
- この研究は因果関係を断定せず、創造性は発想を広げる部分と判断する部分が別の能力だと説明している。
はじめに:創造性とサイケデリックという問い
人はなぜ、ときどき、思いもよらない発想にたどり着くのでしょうか。ある瞬間、頭の中で点と点がつながり、これまで考えもしなかった組み合わせが自然に浮かび上がる。そのような経験を、多くの人は「創造性」と呼びます。
近年、この創造性と「サイケデリック」と呼ばれる物質との関係が、再び学術的に注目されています。芸術家や起業家が、過去にサイケデリック体験から着想を得たと語るエピソードは有名ですが、それが本当に認知機能としての創造性と関係しているのかは、長くはっきりしていませんでした。
今回紹介する研究は、イギリスの大規模オンライン知能調査のデータを用いて、「過去にサイケデリックを使用したことがある人は、創造性のどの側面が高いのか」を、客観的な課題を使って丁寧に検討しています。この研究が示しているのは、直感的なイメージとは少し違う、選択的で限定的な関係でした。
研究を行った組織と研究チーム
この研究を行ったのは、インペリアル・カレッジ・ロンドンを中心に、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン、キングス・カレッジ・ロンドン、オックスフォード大学など、複数の研究機関に所属する研究チームです。医療・脳科学・意識研究を専門とする研究者たちが共同で実施しました。
創造性はひとつではないという考え方
研究の焦点となったのは、「創造性」をひとつの能力としてまとめて扱うのではなく、いくつかの異なる認知プロセスに分けて捉える点です。研究者たちは、創造性を少なくとも三つの要素に分けて考えました。
一つ目は、多くの新しいアイデアを自由に生み出す力である拡散的思考です。二つ目は、直感的な答えに飛びつかず、論理的に考え直す力である認知的熟慮です。三つ目は、「なるほど」と感じる突然のひらめき、いわゆる洞察です。
この区別はとても重要です。なぜなら、新しいアイデアをたくさん思いつく力と、そのアイデアが正しいか、役に立つかを判断する力は、必ずしも同じではないからです。
どのように調べたのか
研究では、イギリスの大規模オンライン知能調査に参加した人のうち、約6,000人が分析対象となりました。参加者は、過去に薬物を使用したことがない人、サイケデリック以外の薬物を使用したことがある人、そしてサイケデリックを使用した経験がある人の三つのグループに分けられました。
年齢、性別、学歴といった要因は、統計的に調整され、できるだけ公平に比較されるよう工夫されています。
拡散的思考を測るために用いられたのは、「意味的に無関係な単語を複数挙げる」という課題でした。一見すると単純ですが、どれだけ離れた概念を結びつけられるかが反映される、信頼性の高い指標とされています。
認知的熟慮は、直感的に間違えやすい問題を含む課題によって測定されました。また、それらの問題を解く際に「ひらめき」を感じたかどうかも、あわせて記録されました。
拡散的思考に現れた明確な違い
分析の結果、最もはっきりした差が見られたのは、拡散的思考でした。サイケデリック使用経験のある人は、他の二つのグループと比べて、拡散的思考の得点が有意に高かったのです。
しかもこの傾向は、「薬物を使ったことがあるかどうか」という単純な違いでは説明できませんでした。薬物未使用者、サイケデリック以外の薬物使用者、サイケデリック使用者の順に、段階的に得点が高くなっていたのです。
この結果は、「サイケデリック経験のある人は、新しいアイデアを広く生み出す力が高い傾向がある」ことを示しています。
認知的熟慮と洞察には差がなかった
一方で、認知的熟慮については、異なる結果が得られました。直感に頼らず考え直す力を測る課題では、サイケデリック使用者と非使用者の間に、有意な差は見られませんでした。
さらに、「ひらめき」をどれくらい感じたか、そしてそのひらめきが正解につながっていたかという点についても、サイケデリック使用経験による違いは確認されませんでした。薬物使用者全体では、わずかに洞察体験が多い傾向はありましたが、サイケデリック使用が特別にそれを増やしているわけではありませんでした。
何が高まり、何が高まらないのか
この結果は、多くの人が抱きがちなイメージを少し修正します。サイケデリックは「深い洞察」や「真理への気づき」をもたらすと語られることが多いですが、少なくともこの研究では、客観的な課題において、そのような効果は確認されなかったのです。
研究者たちは、この結果を「創造性の生成段階」と「評価段階」の違いとして解釈しています。サイケデリック経験は、新しい連想や組み合わせを生み出す段階、つまり発想を広げる部分には関係しているかもしれない。しかし、そのアイデアが正しいか、有用かを見極める段階や、突然のひらめきの正確さには、必ずしも結びついていない、というわけです。
脳の働きから見た解釈
脳科学の理論からも、この解釈は一定の整合性をもっています。サイケデリックは、脳内の既存の枠組みや思考の固定化を一時的にゆるめ、普段は結びつかない情報同士を結びつけやすくすると考えられています。その結果として、多様で予測不能な発想が生まれやすくなる可能性があります。
ただし、それは同時に、アイデアの正確さや妥当性が保証されることを意味しません。発想が広がることと、正しい判断ができることは、別の能力なのです。
因果関係についての注意点
この研究は観察研究であり、「サイケデリックを使ったから創造性が高まった」と断定することはできません。もともと発想が柔軟で好奇心の強い人が、サイケデリックを試しやすい可能性も考えられます。
それでも、他の薬物使用者と比べてもサイケデリック使用者の拡散的思考が高かった点は、単なる薬物使用一般では説明しきれない特徴を示唆しています。
おわりに:創造性をどう理解するか
この研究が静かに示しているのは、創造性が万能な力ではなく、いくつかの異なる認知の組み合わせから成り立っているという事実です。サイケデリック経験は、その中の「発想を広げる力」とは関係しているかもしれませんが、「正しさを見極める力」や「洞察の確かさ」を保証するものではありません。
創造性とは、ひらめきだけではなく、その後に続く吟味や検証によって形づくられるものです。この研究は、その当たり前でありながら見落とされがちな構造を、あらためて浮かび上がらせているようにも感じられます。
(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2601.04380)

