心を弱らせる出来事が、思考を鍛えることもある

この記事の読みどころ
  • 被害体験が多い教師ほど心の状態が悪くなり、充実感が低くネガティブ感情が増える。
  • 被害は批判的思考を少し高めることがあり、心の安定には結びつく場合もある。
  • 被害を減らすだけでなく、批判的思考を育てる訓練など認知プロセスを支えることが重要だ、という示唆がある。

教師が受ける「被害体験」は、どのように心に影響するのか

学校という場所は、学びと成長の場であると同時に、さまざまな緊張や衝突が生まれやすい場所でもあります。
近年、教師が生徒や保護者、あるいは同僚から受ける暴言、無視、嫌がらせ、脅し、物の破壊、ネット上での中傷などの被害が、世界的に問題視されています。

これまでの研究から、こうした被害体験が教師のストレスを高め、抑うつ感や不安感を強め、仕事への意欲や満足感を下げることが分かってきました。

しかし今回の研究が注目したのは、
「被害体験が心を傷つける」という側面だけではありません。

被害体験が、教師の“考え方”や“思考の使い方”とどのように関係しているのか
という、これまであまり調べられてこなかった点に焦点を当てています。


この研究が調べた3つの要素

研究者たちは、次の3つの要素の関係を同時に調べました。

  • 教師が経験する被害体験

  • 教師の心理的ウェルビーイング(心の健康状態)

  • 批判的思考(クリティカルシンキング)

ここでいう批判的思考とは、
物事を疑って否定することではありません。

  • 状況を冷静に整理する

  • 根拠を考える

  • いくつかの見方を比べる

  • 感情に流されすぎずに判断する

といった、「考えを整える力」のことを指しています。


参加した教師と調査方法

調査には、リトアニア国内の学校で働く1,044人の教師が参加しました。

オンライン質問紙を用いて、

  • どのような被害をどれくらい経験しているか

  • 最近のポジティブな感情・ネガティブな感情

  • 充実感や人生への前向きさ

  • 自分の批判的思考スキル

などを回答してもらいました。

その後、統計モデルを用いて、これらの要素がどのようにつながっているのかを分析しました。


被害体験が多いほど、心の状態はどうなるか

分析の結果、まずははっきりとした傾向が確認されました。

被害体験が多い教師ほど、

  • 充実感が低い

  • ポジティブな感情が少ない

  • ネガティブな感情が多い

という傾向が見られました。

特に影響が大きかったのは、

  • 言葉による攻撃

  • 無視や排除などの社会的な被害

  • ネット上での被害

でした。

この結果は、「被害体験が教師の心の健康を損なう」というこれまでの研究結果と一致しています。


意外な結果:被害体験と批判的思考の関係

ここで、研究者たちにとって予想外の結果が出ました。

被害体験が多い教師ほど、
わずかではあるものの、批判的思考スキルが高いという傾向が見られたのです。

つまり、

被害体験
→ 批判的思考が少し高くなる

という方向の関連が確認されました。

研究者たちは、この結果を次のように解釈しています。

困難な経験をすると、人は

  • 「なぜ起きたのか」

  • 「どう対処すべきか」

  • 「他の見方はないか」

と、より深く考えるようになる場合があります。

被害体験が、教師にとって状況を分析し、意味づけし直すきっかけになっている可能性がある、というのです。


批判的思考が高い教師ほど、心は安定しやすい

さらに分析すると、

批判的思考スキルが高い教師ほど、

  • ネガティブな感情が少ない

  • 心理的な不調が少ない

ことも分かりました。

つまり、

批判的思考
→ 心のつらさが少ない

という関係が確認されました。

物事を整理し、冷静に考える力があることで、

  • 出来事を過度に自分のせいにしない

  • 一時的な感情に飲み込まれにくい

  • 建設的な対応を考えやすい

といった効果があるのかもしれません。


「被害体験 → 批判的思考 → 心の状態」という小さな経路

研究者たちは、さらに詳しく分析し、

被害体験
→ 批判的思考が少し高まる
→ その結果、心のつらさが少し抑えられる

という間接的な経路が存在することを見出しました。

この効果はとても小さいものですが、統計的には有意でした。

つまり、

被害体験は基本的には心に悪影響を与える
しかし一部では、
「考える力」を通して、つらさをわずかに和らげる方向にも働く

という、複雑な構造が示されたのです。


この研究が伝えている最大のメッセージ

この研究が示しているのは、次のようなメッセージです。

教師の被害体験は、やはり深刻な問題であり、
放置すれば心理的ウェルビーイングを確実に損なう。

しかし同時に、

人は困難の中で、
「意味づけする力」
「考え直す力」
を発達させることがある。

そして、その力は、心を守る方向に働く可能性がある。

ということです。


支援への示唆

研究者たちは、実践的な示唆として、

  • 学校での暴力や嫌がらせを減らす取り組み

  • 教師が安心して相談できる体制づくり

に加えて、

  • 批判的思考を育てる研修

  • 省察(振り返り)を促す場

  • 状況を整理するための対話の機会

なども重要だと示しています。

「我慢する力」を鍛えるのではなく、
考え方を整える力を支えるという視点です。


おわりに

この研究は、教師の被害体験を「心の問題」だけで捉えるのではなく、
認知(考え方)のプロセスまで含めて理解しようとしています。

被害体験は決して望ましいものではありません。
しかし、人はその中で、意味を探し、考え、工夫しながら生きています。

教師を守るためには、

  • 被害を減らすこと

  • 心理的な支援を行うこと

  • そして、考える力を支えること

そのすべてが必要である。

この研究は、そうした多層的な支援の重要性を、静かに教えてくれています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1717632

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