- 自己啓発は誰でも使う可能性があり、2年間で60%が利用、54%が購入したという結果だった。
- 開放性が高い人や、少し満たされない気持ちがある人、変わりたいという目標を持つ人が使いやすいことがわかった。
- 2年間の追跡では、自己啓発を使った人と使わなかった人で人格や幸福感が変わる差は見られず、効果ははっきりしていなかった。
自己啓発という巨大市場
「自分を変えたい」
「もっと前向きになりたい」
「理想の自分に近づきたい」
こうした願いに応える商品は、いまや本、ポッドキャスト、スマホアプリ、セミナー、コーチングまで幅広く存在します。自己啓発市場は拡大を続け、多くの人が何らかの形で利用しています。
しかし、ここで一つの根本的な問いが生まれます。
自己啓発商品は、本当に人を変えるのでしょうか。
この問いに正面から向き合ったのが、スイスのチューリッヒ大学(University of Zurich)を中心とする研究チームによる縦断研究です。本研究は、全国代表サンプルを用い、2年間にわたって人格特性と幸福感の変化を追跡しました。
その結論は、直感とはやや異なるものでした。
誰が自己啓発を使うのか?
研究では、スイスの成人2,391人を対象に、5回の調査(約2年間)を実施しました。その最終波で、自己啓発商品の利用経験を尋ねています。
結果は明確でした。
60%の人が、これまでに自己啓発商品を利用したことがある
54%が購入経験がある
つまり、自己啓発は決して一部の人のものではありません。
では、どのような人が使いやすいのでしょうか。
1. 性別と年齢
・女性の方が利用しやすい
・若い人ほど利用しやすい
特に若年層は、ポッドキャストやオーディオブック、コーチングといったデジタル・新型フォーマットを好む傾向がありました。一方、年齢が高い人は本や対面セミナーを利用する傾向がありました。
形式の選択にも、世代差があることが示されています。
心理特性との関係
この研究の核心はここにあります。
自己啓発を使う人には、特定の心理的特徴があるのでしょうか。
1. 開放性(オープンネス)
もっとも一貫して予測力があったのは、「開放性(Openness)」でした。
開放性とは、
・新しい経験に積極的
・知的好奇心が高い
・抽象的な思考を好む
といった傾向を指します。
開放性が高い人ほど、自己啓発商品を利用する可能性が高いことが示されました。
これは直感的にも理解しやすい結果です。新しい考え方や自己理解の枠組みに触れること自体を楽しめる人が、自己啓発にアクセスしやすいのでしょう。
2. 自己評価の低さ
二変量モデルでは、
・情緒安定性が低い
・自己肯定感が低い
・人生満足度が低い
といった傾向も、利用と関連していました。
つまり、「少し満たされていない」感覚が、自己啓発への動機になっている可能性があります。
ただし、これらは他の変数を同時に考慮すると効果が弱まるため、独立した決定因とは言えません。
3. 「変わりたい」という目標
特に重要なのは、**人格を変えたいという目標(personality change goals)**です。
たとえば、
・もっと誠実になりたい
・もっと外向的になりたい
・もっと情緒安定したい
こうした願望が強い人ほど、自己啓発商品を利用していました。
自己啓発は、理想の自己像と現在の自己のギャップを埋めるための「道具」として機能している可能性があります。
どれくらい使っているのか?
利用者は、どの程度の時間とお金を使っているのでしょうか。
平均すると、
・週1時間未満〜1時間程度
・年間支出は0〜50スイスフランが中央値
つまり、多くの人はそれほど集中的には使っていないことが分かります。
興味深いことに、
・認知能力(流動性推論)が高い人
・教育水準が高い人
ほど、使用時間は短い傾向がありました。
これは「効率的に使う」「試してみるが深入りしない」といったスタイルの違いかもしれませんが、因果は断定できません。
もっとも重要な問い
ここからが本研究の中心です。
自己啓発は、人格や幸福感を変えるのか?
研究では、
・ビッグファイブ人格特性
(外向性・協調性・誠実性・情緒安定性・開放性)
・人生満足度
・自己肯定感
の変化を2年間追跡しました。
結果は明確でした。
自己啓発を使った人と使わなかった人の間で、変化の軌跡に差はなかった。
さらに、
・有料か無料か
・どれだけ時間を使ったか
・どれだけお金を使ったか
・どれだけ効果を信じていたか
いずれも、人格や幸福感の変化を予測しませんでした。
なぜ変わらないのか?
この結果は直感に反します。
自己啓発は「変われる」という約束を前提にしています。しかし、2年スパンの代表サンプルでは、統計的に意味のある差は見つかりませんでした。
考えられる理由はいくつかあります。
-
使用強度が低い
-
商品の科学的根拠が弱い
-
観察研究であり、厳密な介入研究ではない
-
内容が多様すぎる
研究でも、自己啓発商品の多くは科学的評価を受けていないことが指摘されています。
人は変わらないのか?
重要なのは、ここで「人は変わらない」と結論づけているわけではないことです。
近年の研究では、動機づけられた介入によって人格特性が変化する可能性が示されています。しかし、それらは、
・明確な目標設定
・継続的なフィードバック
・体系的な介入
を伴う設計でした。
日常的に選ばれる自己啓発商品は、そのような厳密な設計とは異なる可能性があります。
それでも人はなぜ使うのか
ここで一つの視点が浮かび上がります。
自己啓発は、
「変化を保証する装置」ではなく、
「変化を望んでいる人の集まる場所」なのかもしれません。
開放性が高く、向上心があり、少し自己不満がある人。
そうした人たちが自然と自己啓発に引き寄せられる。
つまり、利用者の特徴は明確だが、効果は明確ではない。
社会的な含意
本研究は、自己啓発を否定しているわけではありません。
しかし、少なくとも、
・人格特性
・人生満足度
・自己肯定感
という広範な指標について、2年間での有意な変化は確認されませんでした。
これは、自己啓発市場の巨大さを考えると、重要な知見です。
私たちは、「変わる」という言葉に強く惹かれます。
しかし、変化は、思っているよりも条件依存的なのかもしれません。
終わらない問い
この研究は一つの問いを残します。
自己啓発は、
人格を変える装置なのか。
それとも、
変わりたい人の心理を映す鏡なのか。
答えはまだ出ていません。
ただ一つ言えるのは、
自己啓発を使う人は「変わりたい人」である、
しかし「変わった」とは限らない、
ということです。
私たちは、何に期待して自己啓発を手に取っているのでしょうか。
その問いは、研究よりも、むしろ私たち自身に向けられているのかもしれません。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-026-39468-6)

