犬は人が好きなのか、それとも状況次第なのか

この記事の読みどころ
  • 犬の「人に向けられた社会的動機づけ」は、社会的オリエンティング・社会的報酬・社会的維持の三つの側面で考えられている。
  • 104頭の家庭犬を使った11種類のテストでも、これらの側面同士に一貫した強い相関はほとんど見られなかった。
  • 犬ごとに行動パターンや場面による変わり方が異なる可能性があり、単一の性質とは言えないため、今後は生理学的指標も使って詳しく調べることになる。

犬は本当に「人が好き」なのか

犬は、人と強い社会的なつながりをもつ動物として知られています。
目を見つめる、困ると助けを求める、飼い主のそばに寄り添う。
こうした行動は、犬が人に対して特別な社会的関心や動機づけをもっているように見えます。

犬の家畜化の過程では、「人と関わろうとする傾向」が選択されてきた可能性があると考えられてきました。
しかし、「人に向けられた社会的動機づけ」とひとことで言っても、それが一つの性質なのか、それとも状況によって異なる複数の側面から成り立っているのかは、これまで十分に検討されてきませんでした。

この問いに正面から取り組んだのが、スペイン・マドリード・コンプルテンセ大学(Universidad Complutense de Madrid)心理学部と、イギリス・セントアンドリュース大学(University of St Andrews)心理学・神経科学部を中心とする研究チームによる今回の研究です。


「社会的動機づけ」を三つの側面から考える

研究チームは、人の自閉症研究で提案されている理論を参考にしながら、犬の「人に向けられた社会的動機づけ」を、次の三つの側面に分けて考えました。

社会的オリエンティング

人の顔や行動といった社会的な刺激に、どれだけ注意を向けるかという側面です。
犬が人の目を見る行動や、問題解決の場面で装置よりも人に注意を向ける行動が、ここに含まれます。

社会的報酬

人との関わりそのものを、どれだけ「報酬的なもの」として感じているかという側面です。
食べ物と飼い主の再会のどちらを選ぶか、人と遊ぶことをどれほど好むかといった行動が、この側面を反映すると考えられました。

社会的維持

人との関係を保ち、深めようとする行動の側面です。
飼い主の動きに合わせて行動を同期させたり、人の選択に同調したりする行動が、ここに含まれます。

研究チームは、これら三つが同じ「社会的動機づけ」という一つの性質の現れであるなら、異なるテストで測定された行動どうしには正の相関が見られるはずだと考えました。


家庭犬104頭を対象にした行動テスト

研究には、家庭で暮らす犬104頭が参加しました。
すべての実験は犬の自宅で行われ、侵襲的な手続きは一切用いられていません。

行動テストは二日間に分けて実施され、合計11種類のテストのうち、6つが社会的動機づけの評価に用いられました。

社会的オリエンティングを測るテスト

・食べ物が取れない状況で、人とどれだけ早く、どれくらい長く目を合わせるか
・解決不可能な課題に直面したとき、装置と人のどちらに注意を向けるか

社会的報酬を測るテスト

・短い分離のあと、食べ物と飼い主の再会のどちらを選ぶか
・一人遊びよりも、人との遊びをどれだけ選ぶか

社会的維持を測るテスト

・飼い主の動きに合わせて、立つ・歩く・座るといった行動をどれだけ同期させるか
・食べ物の量が異なる二つの選択肢があるとき、人が示した選択にどれだけ従うか

こうして、異なる文脈で現れる人向け行動が幅広く記録されました。


期待された「一貫性」はほとんど見られなかった

分析の結果、研究チームの予測とは異なる結果が示されました。
異なるテスト間で、統計的に有意な相関が見られた組み合わせはごくわずかだったのです。

しかも、その一部は「社会的動機づけが高い犬ほど、どの場面でも人志向的になる」という予測とは逆方向の関係を示していました。
たとえば、人を見るまでに時間がかかる犬ほど、遊びの場面では実験者の近くに長くいるといった関係も観察されました。

同じ「社会的動機づけ」に分類された行動同士であっても、必ずしも一貫して結びついてはいませんでした。


犬の社会的行動は「一つの性質」ではないのか

研究チームは、この結果についていくつかの可能性を慎重に検討しています。

一つは、用いられたテストが、社会的動機づけという性質を純粋に測定できていなかった可能性です。
行動には、食べ物への関心や課題への執着といった、別の要因も影響していたかもしれません。

もう一つは、社会的動機づけそのものが、もともと多面的で文脈依存的な性質である可能性です。
ある犬は「困ったときに人を見る」傾向が強く、別の犬は「遊びでは人を好む」が、どちらも同じ犬に同時に現れるとは限らない、という見方です。


文脈によって変わる「人への向き合い方」

研究チームは、犬ごとの行動パターンを詳しく調べる中で、
どの場面でも一貫して人志向的な犬と、状況によって行動が大きく変わる犬が存在する可能性にも言及しています。

このことは、「犬は人が好きかどうか」という単純な二分法では、犬の社会性を捉えきれないことを示唆しています。
人への関心の向け方は、犬ごとに異なり、さらに状況によって柔軟に変化しているのかもしれません。


結論:犬の社会的動機づけは一様ではない

この研究は、犬の人向け社会行動が、単一で一貫した性質として存在しているとは限らないことを示しました。
目を見る、遊ぶ、寄り添うといった行動は、同じ「社会的動機づけ」という言葉でまとめられがちですが、その背後にある仕組みは必ずしも共通ではない可能性があります。

犬の家畜化によって人との関係性が深まったことは確かですが、その表れ方は、犬ごとに、そして文脈ごとに異なる。
この研究は、その複雑さを静かに浮かび上がらせています。

今後は、行動だけでなく、生理学的・神経学的な指標も組み合わせながら、犬が人と関わろうとする理由を、より丁寧に理解していく必要があると研究チームは述べています。

(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-025-34929-w

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