- 前頭葉と頭頂葉の間のガンマ波の同期を強めると、 DIS の場面で利他的な選択が増えることがわかった。
- HD-tACS という刺激で同期を高めると、他者の利益を重視する重みが増えて、利他性が高まった。
- 利他性は脳のネットワークの同期の「通信の仕方」によって支えられていて、局所の活動量より領域間の同期が鍵になる。
私たちはなぜ、損をしてでも誰かに分け与えるのでしょうか。
社会は、他者のために自分の利益を差し出す「利他性」によって支えられています。けれども実際には、誰もが同じように利他的に振る舞うわけではありません。とくに「自分のほうが多く持っている場面」と「自分のほうが少ない場面」とでは、行動は大きく変わります。
この問いに対して、スイスのチューリッヒ大学経済学部およびチューリッヒ神経経済学センター(Zurich Center for Neuroeconomics)、同大学医学部、ならびに中国・華東師範大学心理学部などの研究チームは、脳内の特定のリズムを外部から強めることで、人の利他的行動を高められるかどうかを検証しました。
その結果、「前頭葉」と「頭頂葉」のあいだで生じるガンマ帯域の位相同期を高めると、人はより利他的な選択を行うようになることが示されました。
利他性は「脳のどこ」で決まるのか
これまでの脳画像研究では、利他的な意思決定には前頭前野や頭頂葉が関わることが示されてきました。
前頭部の領域は、他者の利益を評価したり、自分と他人の動機のあいだの葛藤を処理したりする働きがあると考えられています。一方、頭頂葉は、複数の価値情報を統合し、最終的な選択へと導く「証拠の蓄積」に関与するとされています。
しかし、これらの領域が「同時に活動する」だけでなく、「どのように結びついているか」が重要なのではないかという仮説がありました。
研究チームの以前の脳波(EEG)研究では、前頭部と頭頂部のあいだでガンマ帯域(約64〜79Hz)の位相同期が強い人ほど、利他的選好が強いことが示されていました。ただし、それはあくまで相関関係でした。
今回の研究は、その関係が因果的かどうかを検証するものです。
電気刺激で脳の「同期」を強める
研究では、高精細経頭蓋交流電気刺激(HD-tACS)という方法が用いられました。これは、特定の周波数で微弱な電流を頭皮から流し、脳内のリズムを外部から「同調」させる技術です。
参加者は修正版ディクテーターゲームを行いました。これは、自分と匿名の相手のあいだでお金をどのように分配するかを選ぶ課題です。
重要なのは、不平等の文脈が二種類あったことです。
-
有利な不平等(ADV):自分の取り分が常に相手より多い
-
不利な不平等(DIS):自分の取り分が常に相手より少ない
この課題を行っている最中、参加者は三種類の刺激を受けました。
-
ガンマ帯域刺激
-
アルファ帯域刺激(対照条件)
-
シャム刺激(疑似刺激)
刺激は前頭部と頭頂部に同時に与えられ、両領域の位相が一致するよう設計されました。
ガンマ刺激で利他的選択が増えた
分析の結果、ガンマ帯域刺激を受けたとき、参加者はアルファ刺激やシャム刺激と比べて、より利他的な選択を行いました。
とくに顕著だったのは「不利な不平等(DIS)」の文脈です。
自分の取り分が少ない状況では、通常、人は利他的になりにくい傾向があります。しかし、ガンマ帯域の前頭―頭頂同期を強めると、この状況でも他者の利益をより重視するようになりました。
一方、有利な不平等(ADV)では刺激の効果は明確ではありませんでした。
このことは、前頭―頭頂の同期が、すべての利他動機を一様に強めるのではなく、とくに「自分が不利な状況で他者を考慮する」場面において重要である可能性を示しています。
「ノイズ」ではなく「他者への重み」が増えた
研究ではさらに計算モデル分析が行われました。
利他的行動が増えた理由としては、いくつかの可能性があります。
-
意思決定がより一貫しただけなのか
-
全体の効率性(合計利益)を重視するようになったのか
-
それとも本当に「他者への配慮の重み」が増えたのか
モデル比較の結果、最も支持されたのは、「他者の利益に置く重み(ω)」が増加したという説明でした。
つまり、刺激は単に意思決定を不安定にしたり、ランダム性を増したりしたのではありません。明確に、他者の利益を重視する傾向を強めたのです。
この効果も、やはり不利な不平等の状況で顕著でした。
局所活動ではなく「領域間の同期」が鍵
興味深いのは、前頭部や頭頂部それぞれの局所的な脳波パワーは、利他性と関連していなかったことです。
重要だったのは、二つの領域の「同期」です。
研究チームは以前の脳波データも再解析し、局所的な振動の強さではなく、領域間のガンマ帯域位相同期だけが利他的選好と関連していることを確認しています。
これは、利他性が単一の脳部位で生じるのではなく、「ネットワークとしての統合」によって実現されることを示唆します。
なぜ「不利な状況」で効果が強いのか
研究者たちはいくつかの可能性を示唆しています。
有利な状況では、人はもともと他者の利益をある程度重視しているため、刺激による変化の余地が小さい可能性があります。いわば「天井効果」です。
一方、不利な状況では人は自己利益により強く注意を向けがちです。このとき、前頭―頭頂の同期を強めることで、他者の利益情報が意思決定プロセスにより強く統合されるのかもしれません。
つまり、刺激は「優しい人をもっと優しくする」というよりも、「自己防衛が優勢な場面で、他者への視点を取り戻させる」働きを持つ可能性があります。
臨床的な含意
論文では、自閉症、サイコパシー、アレキシサイミアなど、他者情報の処理や統合に困難があるとされる状態への応用可能性にも言及しています。
ただし、現時点では臨床応用は推測的な段階にとどまります。
利他性の低下は疾患ごとに異なる機序を持つ可能性があるため、今後は「共感」「視点取得」「感情処理」などのどの要素が変化するのかを慎重に検証する必要があります。
利他性は「脳の通信」によって支えられている
今回の研究は、利他性が単なる道徳的価値観ではなく、神経学的な基盤を持つことを明確に示しました。
しかもそれは、特定の脳部位の活動量ではなく、前頭葉と頭頂葉のあいだのガンマ帯域同期という「通信様式」によって支えられている可能性があります。
他者の利益を評価する信号が前頭部で生まれ、それが頭頂部で統合され、行動へと変換される。その連携が強まると、人はより利他的になる。
この発見は、私たちの社会的行動が、脳内ネットワークの動的な同期によって形作られていることを示しています。
利他性は、単なる性格特性ではありません。
それは、脳内でどれだけうまく「他者の声」が統合されるかにかかっているのかもしれません。
(出典:PLOS Biology DOI: 10.1371/journal.pbio.3003602)

