- 退屈な作業中にも突然の体験が起きることを調べ、自発的自伝的記憶が最も多く報告された。
- デジャヴは記憶が完全に思い出されると自発的記憶につながりやすく、弱いときは見覚えだけが残ると考えられている。
- 刺激の種類で起こる体験が変わり、見慣れた街の写真はデジャヴと自発的記憶を多く引き起こす、という結果だった。
何か単純な作業をしているとき、突然、昔の出来事が頭に浮かぶことがあります。
皿を洗っているとき。
通勤の途中。
あるいは、ぼんやりと窓の外を見ているとき。
ある場所、ある音、ある言葉をきっかけに、昔の出来事がふとよみがえります。
「なぜ今それを思い出したのか」は、本人にもよくわかりません。
心理学ではこの現象を 自発的自伝的記憶(Involuntary Autobiographical Memory) と呼びます。
これは、意図して思い出そうとしたわけではないのに、過去の個人的な出来事が突然思い浮かぶ現象です。
このような体験は日常生活ではよく起きています。
しかし長い間、科学的に研究するのは難しいと考えられてきました。
理由は単純です。
「突然起きる現象」を実験室で再現することは簡単ではないからです。
しかし最近、この問題に正面から取り組んだ研究があります。
この研究では、退屈な作業をしているときに人の心の中で何が起きているのかを実験室で調べました。
その結果、人の心には、私たちが思っている以上に多くの「突然の体験」が生まれていることがわかりました。
記憶は常に働いている
人間の意識は、常に外の世界と内側の思考のあいだを行き来しています。
周囲の景色や音に注意を向ける一方で、頭の中では
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記憶
-
想像
-
思考
-
判断
などが絶えず動いています。
特に記憶のシステムは、常に活動していると考えられています。
心理学者の中には、記憶は「常にオンになっている」と表現する人もいます。
このとき、外界の刺激がきっかけとなり、過去の出来事が突然思い出されることがあります。
例えば
-
通りの景色を見て昔の旅行を思い出す
-
音楽を聞いて学生時代を思い出す
といった体験です。
こうした現象が自発的自伝的記憶です。
しかし研究者たちは、ここで一つの疑問を持ちました。
もし人の心が常に働いているのなら、
突然起きる体験は 記憶だけではないのではないか。
つまり、次のような体験も同じ仕組みの中で生まれている可能性があります。
-
デジャヴ(既視感)
-
ジャメヴ(見慣れたものが突然見慣れなく感じる現象)
-
舌先現象(言葉が出てきそうで出てこない感覚)
-
注意がそれていることに気づく瞬間
-
ミスをしたことに気づく瞬間
これらはすべて、意図して起こすものではなく、突然生まれる心の体験です。
デジャヴは記憶の途中で起きる現象?
この研究では特に デジャヴ に注目しました。
デジャヴとは、
「初めてのはずなのに、前にも経験した気がする」
という感覚です。
研究者たちは、デジャヴと自発的記憶は同じ仕組みの中で生まれている可能性があると考えています。
私たちの脳では、常に
「この状況は過去の経験と関係があるか」
というチェックが行われています。
外界の刺激が過去の経験と似ていると、記憶のシステムが活性化します。
活性化が十分に強い場合、具体的な出来事が思い出されます。
しかし活性化が弱い場合、
「見覚えがある感じだけ」
が残ることがあります。
これがデジャヴなのではないか、という考えです。
つまり
-
記憶が完全に思い出される → 自発的記憶
-
感覚だけ生まれる → デジャヴ
という連続した現象である可能性があります。
実験室で「突然の思考」を調べる
この研究は、フランスの グルノーブル・アルプ大学(Université Grenoble Alpes)の心理学・神経認知研究所 と、ポーランドの ヤギェウォ大学心理学研究所 の研究者によって行われました。
研究では、96人の大学生が参加しました。
参加者は単純な監視課題を行いました。
画面には次々と画像や単語が表示されます。
その上に線が表示され、
-
横線 → 何もしない
-
縦線 → ボタンを押す
という非常に単純な作業です。
刺激は400回表示されました。
この作業は単調で退屈です。
そのため注意が外れやすく、思考がさまよいやすくなります。
参加者には次の指示が与えられました。
「もし突然何かの思考や感覚が浮かんだら、スペースキーを押してください」
そしてその体験の内容を記録しました。
研究では次の6種類の体験が調べられました。
-
デジャヴ
-
ジャメヴ
-
舌先現象
-
自発的自伝的記憶
-
エラー検出(ミスに気づく)
-
ゾーニングアウト(注意が完全にそれる)
最も多かったのは「突然の記憶」
実験の結果、最も多く報告された体験は 自発的自伝的記憶 でした。
つまり、過去の出来事が突然思い出される体験です。
その次に多かったのが デジャヴ でした。
それより頻度が低かったのは
-
ジャメヴ
-
注意の逸脱
-
エラー検出
でした。
そして最も少なかったのが 舌先現象 でした。
つまり、ぼんやりした状況では
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突然の記憶
-
既視感
-
違和感や注意の逸脱
という順序で体験が現れやすいことがわかりました。
刺激の種類で体験は変わる
実験では、表示される刺激も4種類用意されていました。
-
見慣れた街の写真
-
見知らぬ街の写真
-
本物の単語
-
意味のない単語
その結果、刺激の種類によって体験の傾向が変わることがわかりました。
写真
写真は
-
デジャヴ
-
自発的記憶
を多く引き起こしました。
特に見慣れた場所の写真は記憶を呼び起こしやすかったのです。
単語
本物の単語は、過去の出来事を思い出すきっかけになることがありました。
意味のない単語
意味のない単語は
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ジャメヴ
-
エラー検出
を多く引き起こしました。
つまり
意味のある刺激 → 記憶
意味のない刺激 → 違和感
という傾向がありました。
デジャヴと記憶の関係
研究ではもう一つ重要な結果が見つかりました。
デジャヴを多く経験する人は、
自発的記憶も多く経験する傾向があったのです。
これは、デジャヴと自発的記憶が同じ認知メカニズムに関係している可能性を示しています。
つまり、私たちが感じる
「見覚えがある」
という感覚は、記憶のシステムの働きと深く結びついている可能性があります。
心は「何もしていないとき」に働く
この研究が示している最も重要な点は、
人の心は、何もしていないときにも活発に働いている
ということです。
退屈な作業をしているとき、注意は少しずつ外れます。
すると
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記憶
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既視感
-
思考の漂流
-
ミスへの気づき
といったさまざまな体験が自然に現れます。
つまり人間の意識は、外界の情報を処理するだけではなく、
常に内側で世界を再構成し続けているのです。
そして、私たちが突然感じる
「思い出した」
「どこかで見た気がする」
「今のはおかしい」
という瞬間は、その働きが表面に現れたものなのかもしれません。
(出典:Consciousness and Cognition DOI: 10.1016/j.concog.2025.103976)

