- 感情知能・自己効力感・心理的レジリエンスという三つの心理が、学業の先延ばしを生む仕組みとして調べられた。
- 感情知能が高いと不安をうまく調整でき、自己効力感が高まることで先延ばしが減る傾向がある。
- 感情知能→自己効力感→レジリエンス→先延ばし減少という連鎖がある可能性が示された。
感情・自信・回復力の連鎖が生む「学業の先送り」
人はなぜ、やるべきことを後回しにしてしまうのでしょうか。
レポートを書く。
試験勉強を始める。
課題を提出する。
時間があるときにはなかなか手をつけず、締め切り直前になって慌てて取り組む。
こうした「先延ばし」は多くの人が経験する行動です。
心理学ではこれを「アカデミック・プロクラステネーション(学業的先延ばし)」と呼びます。
これは単なる時間管理の問題ではなく、感情や思考、行動が絡み合った複雑な心理現象だと考えられています。
今回紹介する研究は、この「学業の先延ばし」がどのような心理の連鎖から生まれるのかを詳しく調べたものです。
研究では特に、次の三つの心理的な要素に注目しました。
-
感情を理解し調整する力(感情知能)
-
自分ならできると思える感覚(自己効力感)
-
困難から立ち直る力(心理的レジリエンス)
これらがどのように結びつき、先延ばし行動を生み出すのかを調べることが目的でした。
学業の先延ばしはどれくらい多いのか
先延ばし行動は大学生の間で非常に一般的に見られる行動です。
研究では、先延ばしとは次のような行動を指します。
-
本来やるべき学習を避ける
-
十分な時間があるのに取りかからない
-
締め切り直前まで行動を遅らせる
このような行動は、学習成果や大学生活に大きな影響を与える可能性があります。
そのため、高等教育の現場では先延ばしを減らす方法を理解することが重要な課題となっています。
従来、先延ばしは
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意志の弱さ
-
時間管理の問題
-
学習習慣
などとして説明されることが多くありました。
しかし近年の研究では、より深い心理的要因が関わっていることが指摘されています。
感情が先延ばしを生むことがある
研究者たちは、先延ばしの背後には「感情の調整」が大きく関わっていると考えています。
人は課題に直面すると、次のような感情を感じることがあります。
-
不安
-
恐れ
-
失敗への心配
こうした感情を避けるために、人は一時的に課題から離れることがあります。
つまり先延ばしは、ネガティブな感情を一時的に減らすための行動でもあるのです。
しかしこの回避は長期的には逆効果になります。
課題を後回しにすると
-
締め切りへのプレッシャー
-
不安の増加
-
自己評価の低下
などが生じ、結果としてさらに先延ばしが増える可能性があります。
このような悪循環を理解するために重要なのが、「感情知能」です。
感情知能とは何か
感情知能とは、自分や他人の感情を理解し、調整し、適切に利用する能力のことです。
具体的には次のような能力を含みます。
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自分の感情を理解する
-
他人の感情を認識する
-
感情を調整する
-
感情を行動の動機として活用する
感情知能が高い人は、ネガティブな感情をうまく調整できるため、課題から逃げる必要が少なくなると考えられています。
つまり感情知能は、先延ばしを減らす心理的資源の一つだと考えられているのです。
研究はどのように行われたのか
この研究では、中国南部の大学に通う学生を対象に調査が行われました。
研究対象となったのは、英語を外国語として学ぶ大学生です。
全部で880人の学生が調査に参加しました。
調査では次の四つの心理尺度が使用されました。
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感情知能尺度
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自己効力感尺度
-
心理的レジリエンス尺度
-
学業的先延ばし尺度
学生はそれぞれの質問に回答し、研究者は統計モデルを用いて心理要因の関係を分析しました。
この研究は、中国の
広州大学(Guangzhou University)外国語学院と
広東薬科大学(Guangdong Pharmaceutical University)外国語学院
の研究者によって行われました。
感情知能が高いほど先延ばしは少ない
分析の結果、まず明らかになったのは次の関係でした。
感情知能が高い学生ほど、学業の先延ばしが少ない。
つまり、感情を理解し調整できる学生は、課題に対してより早く行動する傾向がありました。
感情知能が高い学生には次の特徴が見られます。
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自分の感情をよく理解している
-
不安やストレスを調整できる
-
学習課題に対して前向きに取り組める
こうした能力が、先延ばしを防ぐ要因になると考えられています。
「自分ならできる」という感覚
研究ではもう一つ重要な心理要因が見つかりました。
それが自己効力感です。
自己効力感とは、
「自分はこの課題をやり遂げられる」
という感覚のことです。
自己効力感が高い人は、
-
困難な課題でも挑戦しやすい
-
行動を継続しやすい
-
失敗しても再挑戦しやすい
という特徴があります。
研究では、自己効力感が高い学生ほど、先延ばしが少ないことが確認されました。
つまり、
感情知能 → 自己効力感 → 先延ばしの減少
という心理の流れが存在する可能性が示されたのです。
困難から立ち直る力
さらに研究では「心理的レジリエンス」にも注目しました。
心理的レジリエンスとは、
困難やストレスに直面したときに心のバランスを保ち、適応する能力
を指します。
レジリエンスが高い人は
-
ストレスに強い
-
問題解決に前向き
-
挫折から回復しやすい
という特徴があります。
研究の結果、レジリエンスが高い学生ほど、先延ばしが少ないことが確認されました。
心理は連鎖している
この研究で特に重要だったのは、これらの心理要因が「連鎖」していることです。
分析の結果、次のような流れが見つかりました。
感情知能
↓
自己効力感
↓
心理的レジリエンス
↓
先延ばしの減少
つまり、感情をうまく扱える人は
-
自分の能力を信じやすく
-
困難に強くなり
-
その結果として行動を先延ばししにくくなる
という心理的な連鎖が存在する可能性が示されたのです。
先延ばしは意志の弱さではない
この研究は、先延ばしを単純な「怠け」や「意志の弱さ」として説明する考え方に疑問を投げかけています。
むしろ先延ばしは、
-
感情の扱い方
-
自己信頼
-
ストレスへの回復力
といった複数の心理要素が関わる行動だと考えられます。
もし感情をうまく調整できなければ、不安を避けるために行動を遅らせることがあるでしょう。
もし自分の能力に自信がなければ、課題に取り組むこと自体を避けるかもしれません。
そして困難から立ち直る力が弱ければ、学習のストレスが先延ばしをさらに強める可能性があります。
心理資源という考え方
この研究は、学生の行動を理解するために「心理資源」という考え方を提示しています。
心理資源とは、
人が困難に対処するために持つ内面的な力
のことです。
今回の研究では
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感情知能
-
自己効力感
-
心理的レジリエンス
がその代表例として扱われました。
これらが互いに支え合うことで、人はストレスの多い学習環境でも行動を維持できる可能性があります。
まだ分かっていないこと
ただし、この研究にも限界があります。
調査は自己報告式の質問票を使ったものであり、心理状態の変化を長期的に追跡したものではありません。
また、今回の研究は主に個人の心理要因に焦点を当てており、
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家庭環境
-
学習環境
-
社会的支援
などの外部要因は十分に検討されていません。
研究者たちは今後、長期的な研究を通じて、こうした環境要因の影響も調べる必要があると述べています。
先延ばしの裏にあるもの
課題を後回しにしてしまうとき、私たちはしばしば自分を責めます。
「自分は怠けている」
「意志が弱い」
しかし今回の研究は、もう少し違う視点を示しています。
先延ばしの背後には、
感情の扱い方
自分への信頼
困難への回復力
といった心理の連鎖が存在する可能性があります。
もしそうだとすれば、先延ばしを減らすために必要なのは、単なる意志力ではないのかもしれません。
人の行動は、思っている以上に多くの心理的な力に支えられているのです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1693897)

