クラシック音楽は、なぜ人をやさしくするのか?

この記事の読みどころ
  • 8週間のクラシック音楽瞑想プログラムで、メタ認知的気づきと共感性が高まる可能性が示された。
  • メタ認知的気づきは自分の考えや感情を一歩引いて見る力、共感性は相手の立場を想像し感情に動かされるなどの要素を含む。
  • 音楽と内省を組み合わせた実践が、心の気づきを共感へ結びつける可能性を示す一方、因果関係は確定していない。

クラシック音楽で「自分の心に気づく力」が育つとき

音楽を聴いているとき、ふと自分の感情に気づく瞬間があります。
「いま、少し緊張しているな」
「なんだか胸のあたりがやわらいできた気がする」

こうした内側の変化に気づく力は、私たちの人間関係や思いやりのあり方とも、静かにつながっているのかもしれません。

韓国のチュンアン僧伽大学(Chung-Ang Seungga University)仏教社会学部で行われた研究は、仏教のマインドフルネス理論に基づいたクラシック音楽瞑想プログラムが、人の「メタ認知的気づき」と「共感性」にどのように関係するのかを検討しました。

その結果、クラシック音楽と瞑想を組み合わせた実践が、
「自分の心の状態に気づく力」を高め、
その変化が「他者への共感」とも結びついている可能性が示されました。


「メタ認知的気づき」とは何か

メタ認知とは、簡単に言えば、
**「自分の考えや感情を一歩引いた位置から見つめる力」**のことです。

たとえば、

  • いま自分は不安を感じている

  • 物事を悲観的に考え始めている

  • 注意が散っている

こうした状態に気づけること自体が、メタ認知的気づきです。

この力は、「ポジティブに考える」こととは少し違います。
評価や判断を急ぐのではなく、まず気づくことに重きが置かれます。

仏教のマインドフルネス理論では、このような「心の状態を観察する姿勢」が、自己理解や情動調整の基盤になると考えられています。


共感性は「感じやすさ」だけではない

共感性というと、「人の気持ちに敏感な人」というイメージを持つかもしれません。
しかし心理学では、共感は複数の側面をもつ能力とされています。

  • 相手の立場を想像する力

  • 相手の感情に心が動くこと

  • 他者の苦しみに反応して自分もつらくなること

これらが組み合わさって、私たちの共感体験が形づくられます。

今回の研究では、こうした側面をまとめた全体的な共感傾向が測定されました。


研究のデザイン

研究には20〜35歳の成人が参加しました。
参加者は、

  • クラシック音楽瞑想プログラムに参加するグループ

  • 何も介入を受けない比較グループ

の2つに分かれました。

プログラムは8週間にわたり、週1回、60分ずつ実施されました。

各回のセッションには、次の要素が含まれていました。

  • 呼吸や身体感覚に注意を向ける練習

  • ガイド付きマインドフルネス

  • クラシック音楽の集中聴取

  • 内省的な書き出し

  • 慈悲や感謝をテーマにした実践

音量や構成は標準化され、落ち着いて聴ける環境が整えられていました。


使用された音楽の特徴

用いられたのは、テンポが穏やかで、情緒的な広がりをもつクラシック作品です。

例として、

  • ドビュッシー「月の光」

  • フォーレ「パヴァーヌ」

  • バーバー「弦楽のためのアダージョ」

  • ショパン「夜想曲 変ホ長調」

  • バッハ「G線上のアリア」

などが挙げられています。

これらの曲は、注意を内側に向けやすくし、感情の動きを穏やかに感じ取れるよう意図して選ばれていました。


何が測定されたのか

研究では、質問紙を用いて次の2つが評価されました。

  • メタ認知的気づき(自分の思考や感情を把握している感覚)

  • 共感性(全体的な共感傾向)

どちらも「能力の客観テスト」ではなく、本人がどの程度そう感じているかを測る指標です。


見えてきた変化

8週間後、クラシック音楽瞑想グループでは、

  • メタ認知的気づきが大きく上昇

  • 共感性も大きく上昇

していました。

一方、比較グループでは、変化は小さく、統計的に有意とは言えませんでした。

つまり、プログラムに参加した人ほど、心の状態への気づきと共感の両方が高まっていたことになります。


「気づき」が「共感」をつなぐ

研究者はさらに、「メタ認知的気づき」がどのような役割を果たしているのかを分析しました。

その結果、

  • プログラム参加 → メタ認知的気づきの上昇

  • メタ認知的気づきの上昇 → 共感性の上昇

という関連が確認されました。

つまり、
音楽瞑想が直接共感を高めているだけでなく、まず「自分の心に気づく力」が高まり、その変化が共感と結びついている可能性が示されたのです。

ただし、因果関係を断定できる設計ではないため、「そうした構造と整合的な関連が見られた」と慎重に解釈されています。


なぜこのつながりが重要なのか

この結果は、共感を「性格」や「優しさの多さ」としてだけ捉えない視点を与えます。

他者を理解する前に、
自分の内側で何が起きているかを感じ取れることが、
他者の経験にも開かれる土台になるかもしれない、という示唆です。

共感は「外向きの能力」だけでなく、
「内側に向けた注意の質」とも関係している可能性があります。


実践への示唆

この研究は、特別な修行経験がない成人でも、

  • 音楽

  • ガイド付き注意

  • 内省

を組み合わせた比較的シンプルな実践によって、心理的な変化が生じうることを示しています。

教育、カウンセリング、医療、コミュニティ支援など、
「自己理解」と「対人理解」の両方が求められる場面で、
応用可能性のある枠組みだと考えられます。


限界と今後の課題

  • 参加者数が多くはない

  • 自己報告尺度のみを使用

  • 無作為割り当てではない

といった制約があります。

今後は、より大規模で、行動指標や生理指標も含む研究が必要とされています。


まとめ

クラシック音楽とマインドフルネスを組み合わせた実践は、

  • 自分の心の状態に気づく力

  • 他者への共感的な向き合い方

の両方と関連していました。

「他人を思いやるために、まず自分をよく観る」。

そんな静かな方向性を、この研究は示しているのかもしれません。

(出典:Frontiers in Social Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1713818

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