戦時下で心はどう守られるのか?

この記事の読みどころ
  • 戦争中の心理を調べるため、18〜83歳の589人を対象に抑うつ・不安・PTSD・周囲の支えの感じ方を測った。
  • 感情に向き合う対処が多いと心理的苦しさが強くなる傾向があり、問題解決型は苦しさと強く結びつかなかった。ソーシャルサポートを感じるほど苦しさは軽くなり、感情対処とつながりの組み合わせが緩和効果を持つ。
  • この研究は、個人の努力だけでなく「支えられていると感じること」が心の安定に関わると示し、つながりを守ることの重要さを伝えている。

戦時下で、人はどう心を守るのか

イスラエルの**テル・アビブ=ヤッフォ学術大学(Academic College of Tel Aviv-Yaffo)**の研究チームは、2023年10月7日以降に続く戦争状況の中で、人々の心の健康がどのように揺れ動いているのかを調べました。

戦争や大規模な暴力は、ニュースの中の出来事ではありません。日常生活の中に不安が入り込み、将来の見通しが立たなくなる状況です。そうした中で、人はどのように心を守ろうとするのか。そして、その守り方は、本当に心の苦しさを軽くしているのか。さらに、「支えてくれる人がいる」という感覚は、どのような役割を果たすのか。

この研究は、その問いに真正面から向き合っています。


何を測ったのか

調査は2024年3月から5月にかけて行われ、18歳から83歳までの589人が参加しました。オンラインで回答を集め、戦時下という現実のただ中での心理状態を捉えています。

研究チームが測定したのは、主に次の4つです。

  1. 抑うつの程度

  2. 不安の程度

  3. PTSD(心的外傷後ストレス障害)症状

  4. ソーシャル・サポート(周囲から支えられていると感じる度合い)

そしてもう一つ、重要なのが「コーピング(対処のしかた)」です。


コーピングとは何か

コーピングとは、ストレスに直面したときに人がとる行動や考え方のことです。この研究では、大きく二つのタイプに分けています。

感情に向き合うタイプ(エモーション・フォーカスト・コーピング)

これは、状況そのものを変えるよりも、自分の感情をなんとか落ち着かせようとする対処です。たとえば、

・気持ちを受け入れる
・前向きに捉え直す
・宗教に頼る
・誰かに感情を打ち明ける
・現実を否認する

といったものが含まれます。

問題を解決しようとするタイプ(プロブレム・フォーカスト・コーピング)

こちらは、状況を改善するために具体的に動く対処です。

・積極的に行動する
・計画を立てる
・実務的な支援を求める

といった行動が含まれます。


「支えられている感覚」は何を意味するのか

この研究で強調されているのは、「実際に助けてもらっているか」ではなく、「自分は支えられていると感じているか」という主観的な感覚です。

家族、友人、身近な人からの支えをどれくらい感じているか。それが心理状態とどのように関係しているのかが検討されました。


見えてきた関係

分析の結果、いくつかの重要な傾向が示されました。

まず、抑うつと不安は非常に強く関連しており、研究ではこの二つをまとめて「心理的ディストレス(広い意味での心のしんどさ)」として扱っています。

そして、感情に焦点を当てたコーピングを多く使う人ほど、心理的ディストレスやPTSD症状が強い傾向が見られました。

一方で、問題解決型のコーピングは、心理的ディストレスとの関連が弱く、PTSD症状とも強くは結びついていませんでした。

さらに重要なのは、ソーシャル・サポートの役割です。

支えられていると感じている人ほど、心理的ディストレスは低く、PTSD症状も軽い傾向がありました。

そして、ソーシャル・サポートは「緩衝材」のような働きをしていました。特に、感情に焦点を当てたコーピングと心理的ディストレスの関係を弱める方向に作用していたのです。

つまり、感情に向き合う対処をしている人でも、「支えられている」と感じられている場合、その苦しさはやわらぐ可能性が示されました。


何が示唆されるのか

この研究は、戦争という極端なストレス状況の中で、人がどのように心を保とうとしているのかを示しています。

感情に向き合うこと自体が悪いわけではありません。しかし、それだけでは苦しさが強まることもある。けれども、周囲とのつながりを感じられている場合、その影響はやわらぐ。

ここから見えてくるのは、「個人の努力」だけに焦点を当てる限界です。

ストレスへの対処を「正しい方法を身につければ解決する」と考えるのではなく、「どんな環境の中でその人が生きているか」に目を向ける必要があることを、この研究は示しています。


支援の視点をどう変えるか

心の健康は、個人の内面だけで完結するものではありません。

誰かに頼れる感覚。
話を聞いてくれる存在。
孤立していないという実感。

それらが、感情の波をやわらげる力を持つ可能性がある。

戦争という特殊な状況の研究ではありますが、その示唆は日常生活にも重なります。災害、経済的不安、家庭内のストレスなど、私たちもまた、大小さまざまな不確実性の中で生きています。

この研究は、対処法のテクニックを増やすこと以上に、「つながり」をどう守るかという問いを投げかけています。

心を守るのは、意志の強さだけではない。

誰かとつながっているという感覚そのものが、静かな力を持っているのかもしれません。

(出典:Current Psychology DOI: 10.1007/s12144-026-09030-8

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