世界から消えたくなるとき、人は音楽の中に入る

この記事の読みどころ
  • 音楽はスウェーデンの若者にとって常に身近で、気分を整えたり集中を助けたりする道具のように使われている。
  • ヘッドホンは周囲と距離を作り、自分だけの空間に入るためのサインであり、世界から少し消える感じを生む。
  • 音楽の趣味は自己表現と深く結びついており、リスクを伝えるだけでは行動は変わりにくいので、価値を理解したうえで守る方法を一緒に考える必要がある。

音楽に包まれて、世界から少し消えるという感覚

通学の途中、机に向かっている時間、誰とも話したくない放課後。
スウェーデンの若者たちにとって、音楽は特別なイベントではなく、ほとんど「常にそこにあるもの」として語られていました。

この研究は、スウェーデンのエーレブルー大学医学・健康学部および同大学聴覚研究センター、ヨンショーピング大学社会福祉学部によって行われた質的研究です。15歳から19歳の若者7人に対して、自由度の高いインタビューを行い、「音楽が自分の人生でどんな意味をもっているのか」「音楽を聴くことが聴覚の健康にどんな影響を与えると考えているのか」を、本人の言葉から丁寧に読み取っています。

分析には、解釈的現象学的分析(Interpretative Phenomenological Analysis)と呼ばれる方法が用いられました。これは、統計的な平均ではなく、「その人にとって、その体験がどんな意味をもっているのか」を深く掘り下げるための質的分析手法です。


音楽は「気分を整える道具」でもある

参加した若者たちは、音楽を「気分を変えるため」「落ち着くため」「考えすぎを止めるため」に意識的に使っていました。

不安なときには静かな音楽を、気分が落ち込んだときには明るい音楽を選ぶ。怒りやストレスがたまったときには、大きな感情を外に出さなくても済むように音楽に委ねる。
音楽は、感情を抑え込むためではなく、「感じきるため」「整理するため」に使われている様子が語られています。

また、音楽は集中力にも影響します。
歌詞のない音楽が勉強を助ける人もいれば、静けさの方が集中できる人もいます。重要なのは、音楽が「一律に良い・悪い」のではなく、その人の状態や目的によって柔軟に使い分けられている点でした。


ヘッドホンがつくる「自分だけの空間」

この研究で特に印象的なのは、ヘッドホンの意味づけです。
多くの若者が、音楽を「ヘッドホンで聴くこと」に強い価値を見出していました。

ヘッドホンは、音を良くするためだけの道具ではありません。
それは、周囲から距離をとるためのサインであり、「今は話しかけないでほしい」という無言のメッセージでもあります。

騒がしい教室、人が多い場所、社会的な場面。
そうした環境でヘッドホンをつけることで、若者たちは「自分の内側に入る」ことができます。
ある参加者は、この感覚を「世界から少し消えるような感じ」「自分だけの小さな泡の中に入る」と表現していました。

音楽は、外界を遮断し、安心できる距離を確保するための手段として機能しているのです。


音楽とアイデンティティの近さ

音楽は、単なる娯楽ではありません。
多くの参加者にとって、音楽の好みは「自分そのもの」に近いものでした。

だからこそ、音楽を否定されると、自分を否定されたように感じる。
そのため、音楽の趣味を他人に見せることに、強い慎重さを示す若者もいました。

特に思春期には、「人と違うこと」と「仲間に受け入れられること」の間で揺れ動きます。
好きな音楽があっても、クラスで流す曲は無難なものを選ぶ。
本当に好きな音楽は、ひとりの時間にだけ聴く。

音楽は、自己表現であると同時に、傷つきやすい個人的領域でもあることが、この研究から浮かび上がります。


大きな音は「危険」だと知ってはいるけれど

研究のもう一つの焦点は、聴覚へのリスク認識です。
参加者の多くは、「音楽を大きな音で聴き続けると耳に良くない」という知識を、漠然とは持っていました。

しかし、その知識は具体的ではありません。
どれくらいの音量が危険なのか、どのくらい続けると影響が出るのか。
それがどんな形で将来現れるのか。

多くの若者は、「将来のリスク」よりも、「今の音楽体験」を優先していました。
音量を上げると、音楽がよりリアルに、身体全体で感じられる。
その快感は強く、魅力的です。

耳が少し疲れたり、ライブの後に音がこもった感じがしても、それが一晩で戻れば深刻には考えません。
リスクは「痛み」や「不快感」として現れたときに、はじめて意識されるものになっていました。


それでも「音楽を失いたくない」という気持ち

一方で、音楽を深く愛しているからこそ、「聴こえなくなること」への恐れを語る参加者もいました。
徐々に進む変化は気づきにくく、気づいたときには戻れないかもしれない。
その不安は、静かですが確かに存在しています。

だからこそ、演奏時には耳栓を使う人もいます。
スマートフォンの音量警告機能を意識する人もいます。
完全に無関心なのではなく、「楽しみたい気持ち」と「守りたい気持ち」の間で、揺れている状態が描かれています。


危険だけを伝えても、行動は変わらない

研究者たちは、ここから重要な示唆を導いています。
音楽のリスクだけを強調しても、若者の行動は変わりにくい、という点です。

なぜなら、音楽は彼らにとって、心を支え、日常を成り立たせる重要な存在だからです。
それを「やめなさい」「危ない」とだけ言われても、納得できません。

必要なのは、音楽の価値を理解したうえでの健康促進です。
音楽がもつ感情調整の力、安心感、自己表現としての意味を尊重しながら、聴覚を守る方法を一緒に考えること。
そのような、より複雑で現実的なアプローチの必要性が、この研究から示されています。


音楽は、若者たちにとって「音」以上のものです。
世界から一歩距離をとり、自分を保つための場所であり、感情を預ける相手でもあります。

その意味を理解しないまま、リスクだけを語ることはできない。
この研究は、そう静かに問いかけているように見えます。

(出典:International Journal of Qualitative Studies on Health and Well-being

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