人は職場で、どこまで「大切にされたい」のか?

この記事の読みどころ
  • 職場の尊厳には、組織の仕組みが支える構造的尊厳と、人と人のやりとりで生まれる対人的尊厳の二つがある。
  • 研究はこの二つを測る7項目の職場尊厳尺度を作り、信頼性と妥当性を確かめた。
  • 尊厳が守られていると、仕事への没頭感や周囲を助ける行動が増える可能性が示された。

職場で感じる「大切にされている感覚」はどこから生まれるのか

私たちは仕事をするとき、「成果」や「効率」だけでなく、「人として大切にされているか」を無意識のうちに気にしています。
上司や同僚からの扱われ方、評価のされ方、成長の機会が与えられているかどうか。
それらが満たされていないと、仕事そのものが苦痛に変わってしまうこともあります。

今回紹介する研究は、こうした感覚を「職場における尊厳」という概念として整理し、測定可能な尺度として開発したものです。
研究を行ったのは、インドのナールサール法科大学マネジメント学部と、クレア大学IFMRビジネススクールの研究チームです。


「尊厳」は重要だが、これまで測られてこなかった

人間の尊厳という考え方は、世界人権宣言や各国の憲法にも組み込まれてきた、非常に重みのある概念です。
しかし経営学や組織研究の分野では、長らく「尊厳」は抽象的な価値観として扱われ、実証研究の対象にはなりにくいテーマでした。

その理由の一つは、「尊厳とは何か」が人や文化、職種によって大きく異なるためです。
本研究は、この曖昧さを避けるのではなく、働く人自身がどう尊厳を捉えているのかを丁寧に掘り下げるところから始めています。


働く人の語りから尊厳を定義するという方法

研究の第一段階では、金融機関で働くホワイトカラー労働者と、製造業などで働くブルーカラー労働者への詳細なインタビューが行われました。
質問は、「尊厳は生まれつき備わっているものか」「日常の仕事の中で、どんなときに尊厳を感じるか」といった、非常に根源的な内容です。

その語りを分析した結果、職場での尊厳は大きく二つの側面に分けられることが明らかになりました。


組織の仕組みが支える「構造的な尊厳」

一つ目は、「構造的職場尊厳」と呼ばれる側面です。
これは、会社や組織の制度・方針によって支えられる尊厳のことを指します。

具体的には、
・公正な評価や報酬があるか
・能力を発揮し、成長できる機会が与えられているか
・役職や立場に関係なく、人として扱われているか

といった点が含まれます。
つまり、個人の努力だけではどうにもならない、「組織の構え」が尊厳に大きく関わっているという視点です。


人との関わりが生み出す「対人的な尊厳」

もう一つは、「対人的職場尊厳」です。
こちらは、上司、同僚、部下、さらには顧客との日々のやりとりの中で感じられる尊厳を指します。

たとえば、
・敬意をもって話しかけられる
・理不尽に扱われない
・立場の弱い人ほど丁寧に接してもらえる

といった経験が、尊厳の感覚を形づくります。
研究では、特にブルーカラー労働者の語りから、この対人的な尊厳の重要性が強く浮かび上がっています。


尊厳を「測る」ための尺度は作れるのか

次の段階では、こうした二つの尊厳を実際に測定するための質問項目が作られました。
研究チームは、複数回の検証と統計分析を経て、最終的に7項目からなる「職場尊厳尺度」を完成させています。

この尺度は、
・構造的職場尊厳
・対人的職場尊厳

の両方をバランスよく捉えるよう設計されており、信頼性と妥当性の面でも十分な水準が確認されました。


尊厳は「やる気」や「協力行動」とどう関係するのか

さらに研究では、職場で尊厳が守られていると感じている人ほど、
・仕事への没頭感(ワーク・エンゲージメント)が高い
・自発的に周囲を助ける行動(組織市民行動)が多い

ことが示されています。
尊厳は単なる「気分の問題」ではなく、組織の働き方そのものに影響を与える要因である可能性が示唆されました。


「大切にされているか」を問い直すために

この研究が示しているのは、「尊厳」は抽象的な理想ではなく、
制度と人間関係の両方によって、日々つくられているという事実です。

働く人が疲れ切ってしまう前に、
何が欠けているのかを静かに見つめ直すための視点として、
「職場における尊厳」という言葉は、これからますます重要になっていくのかもしれません。

(出典:Discover Psychology DOI: 10.1007/s44202-025-00524-3


テキストのコピーはできません。