- 職場では話す人と黙る人は必ずしも正反対ではなく、状況に応じて使い分けられることがある。
- 調査では577人を4つのタイプに分け、サイレンサー・ボイサー・サーカムスペクト・インディファレントの分類が出た。
- 沈黙は文化や規範、心理的安全性の影響を受け、必ずしも恐れだけで生まれるわけではないと分かった。
話す人と黙る人だけでは説明できない
職場での「発言」と「沈黙」が同時に存在するという研究
職場で意見を言う人と、黙っている人。
私たちはつい、この二つを正反対の性質として考えがちです。
「声を上げる人は前向きで、黙る人は消極的」
そんな単純な図式で理解してきた人も多いかもしれません。
しかし、今回紹介する研究は、この見方に静かに疑問を投げかけています。
人は「話すか、黙るか」のどちらかに分けられる存在ではなく、
話すことも、黙ることも、同時に使い分けて生きている
その可能性を、実証的に示した研究です。
この研究は、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学(Eötvös Loránd University)心理学研究チームによって行われました。
「発言」と「沈黙」は本当に正反対なのか
組織心理学の分野では、長いあいだ「発言(ボイス)」と「沈黙(サイレンス)」は対立する概念として扱われてきました。
発言とは、職場の問題点や改善案を自発的に伝える行動です。
一方、沈黙とは、気づいていても意見や情報をあえて口にしない行動を指します。
これまでの研究では、
発言=良いこと
沈黙=悪いこと
という単純な評価がなされることも少なくありませんでした。
しかし、現実の職場を思い出してみると、どうでしょうか。
ある場面では積極的に意見を言う人が、別の場面では慎重に沈黙する。
逆に、普段は口数が少ない人が、ここぞという場面で強く発言する。
そんな姿は、決して珍しくありません。
研究チームは、こうした現実感覚に近い問いを立てました。
発言と沈黙は、本当に一本の軸の両端にあるのか。
それとも、互いに独立した行動なのか。
人は「4つのタイプ」に分かれていた
この問いを確かめるために、研究チームは577人の社会人を対象に調査を行いました。
発言の頻度、沈黙の頻度、職場の雰囲気、心理的な安心感、仕事への満足感などを詳しく測定し、
**潜在クラス分析(ラテント・クラス・アナリシス)**という統計手法を用いて、人々の行動パターンを分類しました。
その結果、参加者は次の4つのグループに分かれることが明らかになりました。
1. 発言を抑え、黙ることが多い人たち(サイレンサー)
このグループは、意見や提案をあまり口にせず、沈黙を選ぶ傾向が強い人たちです。
批判や不利益を恐れて黙る場合もあれば、
「どうせ言っても変わらない」という諦めに近い感覚が背景にあることも示唆されました。
この人たちは、職場での心理的安全性を低く感じやすく、
仕事やキャリアへの満足度、心の健康状態も低い傾向が見られました。
2. よく発言し、黙らない人たち(ボイサー)
このグループは、改善案や問題点を積極的に口にする人たちです。
沈黙することは少なく、職場に関わろうとする姿勢が強く見られます。
特徴的なのは、
・心理的安全性を高く感じている
・組織への関心や責任感が強い
・変化に前向き
という点です。
この人たちは、仕事への満足感も、心の健康状態も比較的高い水準にありました。
3. 話すことも黙ることもある人たち(サーカムスペクト)
最も人数が多かったのが、このグループです。
発言もするし、沈黙もする。
状況に応じて、使い分けているような行動パターンを示しました。
興味深いのは、この人たちが
「発言が少ない」わけでも
「沈黙が多い」わけでもない
という点です。
慎重さと積極性が同時に存在しており、
責任感とリスク回避のバランスを取りながら行動している可能性が示唆されました。
4. 話すことにも黙ることにも関心が薄い人たち(インディファレント)
このグループは、発言も沈黙も少ない人たちです。
意見を言わない一方で、黙って我慢しているわけでもない。
研究チームは、この人たちを
「恐れて黙っている」のではなく、
組織との心理的距離がある状態
と解釈しています。
仕事やキャリアへの満足度は低めでしたが、
心の健康状態は必ずしも悪くありませんでした。
職場以外の領域に重心を置いている可能性も考えられます。
「沈黙」は恐れだけで生まれるわけではない
この研究の重要なポイントの一つが、
沈黙には社会的な規範が影響している
という点です。
職場には、明文化されていなくても
「ここではあまり問題を口にしないほうがいい」
「波風を立てないのが大人だ」
といった暗黙のルールが存在することがあります。
研究では、こうした沈黙の社会規範を測定し、
恐れによる沈黙とは異なる種類の沈黙が存在することを示しました。
つまり、沈黙は必ずしも弱さや消極性の表れではなく、
集団への同調や文化への適応として生じる場合もある
ということです。
職場文化と発言・沈黙の関係
研究では、組織文化の違いにも注目しています。
・階層的で規則重視の文化では、沈黙が多くなりやすい
・柔軟性や挑戦を重んじる文化では、発言が増えやすい
ただし、その影響は単純ではなく、
同じ文化の中でも、個人の感じ方や立場によって行動は異なっていました。
この点は、
「制度を変えれば人は話すようになる」
という単純な発想への警鐘とも言えます。
この研究が示していること
この研究が静かに伝えているのは、次のようなことです。
人は、
「話す人」か「黙る人」
のどちらかではありません。
状況、関係性、文化、心理的な安全感によって、
話すことも、黙ることも選びながら生きている
存在なのです。
沈黙を減らせば発言が増えるとは限らない。
発言を促す制度があっても、沈黙は残り続ける。
そうした現実を理解しないままでは、
職場のコミュニケーションは変わらないのかもしれません。
おわりに
発言と沈黙を「善と悪」で分けるのではなく、
人が置かれている状況や、選び取っている戦略として理解する。
この研究は、
職場で声を上げられない人を責める視点から、
なぜ、その選択が生まれているのか
を考える視点へと、私たちを導いてくれます。
黙っていることにも理由がある。
話していることにも理由がある。
その前提に立ったとき、
職場の風景は、少し違って見えてくるのかもしれません。
(出典:Discover Psychology DOI: 10.1007/s44202-025-00567-6)

