- AIの種類よりも、正確さ・使いやすさ・説明の分かりやすさが健康への影響を大きく左右する。
- AIに対して前向きな態度を持つことが先にあり、その結果自律性・有能感・関係性が満たされ健康指標が改善するという連鎖が起こる。
- 健康を良くするのはAIそのものではなく、AIとの関係の中で感じられる自分で選ぶ感覚・使いこなせる感・つながり感だということ。
AIを前向きに信じると、なぜ健康がよくなるのか
――態度・心の欲求・デジタルヘルスをつなぐ心理の連鎖
人工知能(AI)は、すでに私たちの健康管理の中に静かに入り込んでいます。スマートウォッチによる心拍や睡眠の記録、AIによる健康アドバイス、検査データの自動解析。こうした技術は便利である一方で、「本当に信じていいのか」「使いこなせているのか」といった戸惑いも同時に生みます。
では、AIを使うことそのものが、私たちの健康にどう影響しているのでしょうか。
単に性能が高いから健康になるのか、それとも、もっと別の要因が関わっているのでしょうか。
この問いに対して、中国・上海に拠点を置くShanghai Enlighteen Ark Educational Technology Co., Ltd. の研究部門による研究は、非常に興味深い答えを示しています。
それは、「AIそのもの」よりも、「AIに対して人がどのような態度をもつか」が、健康への影響を左右している、という視点です。
この研究が注目した「見えにくい要因」
この研究が焦点を当てたのは、次の4つの要素です。
1つ目は、AIに関わる要因です。
ここには、AIの種類(健康モニタリング機器か、診断支援システムか)、正確さ、使いやすさ、説明のわかりやすさ、そしてどれくらい頻繁に使っているか、といった点が含まれます。
2つ目は、AIに対するポジティブな態度です。
これは「役に立つと思う」「信頼できると感じる」「使うことに前向きである」といった評価や感情を指します。
3つ目は、人がもつ基本的な心理的欲求です。
この研究では、自己決定理論に基づき、
・自分で選んで使っていると感じる「自律性」
・使いこなせているという「有能感」
・他者や社会とつながっているという「関係性」
の3つが扱われました。
4つ目が、デジタルヘルスです。
身体の状態が安定しているか、不安が軽減しているかといった、身体面と心理面の健康が含まれます。
AIの「種類」よりも大切だったもの
400人のAI健康ツール利用者への調査と、200人を対象とした4週間の実験から、まず明らかになったのは意外な点でした。
AIが「どのタイプか」という違いは、利用者の態度にほとんど影響していなかったのです。
健康モニタリング機器であっても、診断支援AIであっても、それ自体は決定的ではありませんでした。
一方で強く影響していたのは、
・どれくらい正確だと感じるか
・どれくらい使いやすいか
・説明が理解しやすいか
・どれくらい頻繁に使っているか
といった、体験に直結する特徴でした。
AIを「よいものだ」と感じるかどうかは、名前や分類ではなく、日常の使い心地によって形づくられていたのです。
「態度が先、欲求があと」という逆転
この研究の最も特徴的な点は、心理的な流れの捉え方にあります。
従来の心理学では、「自律性や有能感といった欲求が満たされるから、前向きな態度が生まれる」と考えられてきました。
しかし、この研究では逆の流れが確認されました。
つまり、
AIに対して前向きな態度をもつことが先にあり、その結果として、自律性・有能感・関係性が満たされていく
という順序です。
AIを信頼し、「使ってみよう」と思える人ほど、
・自分で設定を選び
・操作を覚え
・他者と情報を共有し
やすくなっていたのです。
態度が、行動を変え、行動が心理的欲求を満たしていく。
この連鎖が、実際のデータによって示されました。
心の欲求が満たされると、健康も変わる
では、心理的欲求が満たされると何が起きるのでしょうか。
研究結果は明確でした。
自律性・有能感・関係性が高い人ほど、
・体調の安定
・健康不安の軽減
といったデジタルヘルスの指標が良好だったのです。
特に重要なのは、これらが単独で働くのではなく、連鎖的に作用している点でした。
AIの機能 → ポジティブな態度 → 心理的欲求の充足 → 健康
という一連の流れが成立しており、健康への影響の約8割が、この媒介過程によって説明されました。
AIは「健康を与える存在」ではない
この研究が示しているのは、AIが直接健康を改善する魔法の道具ではない、という事実です。
AIはきっかけにすぎません。
そのAIをどう受け止め、どう関わるか。
その中で、人が「自分で選んでいる」「できている」「つながっている」と感じられるかどうか。
それが、健康という結果を左右していました。
つまり、健康を支えているのは、AIではなく、AIとの関係の中で立ち上がる人の心理だったのです。
この研究が投げかける問い
この研究は、AI開発やデジタルヘルスの設計に対して、静かな問いを投げかけています。
精度を上げること、機能を増やすことだけで、本当に十分なのか。
使う人が「信じられる」「自分で使っている」と感じられる設計になっているのか。
AIが人の健康に寄与するためには、技術だけでなく、心理の流れを支える視点が欠かせない。
この研究は、そのことを丁寧なデータとともに示しています。
そして同時に、私たち自身にも問いを向けています。
新しい技術に出会ったとき、私たちはどんな態度で向き合っているのか。
その態度が、知らないうちに、自分の心と体に影響を与えているのかもしれません。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-025-28529-x)
