- 学習の転移は練習内容だけでなく、課題・人・経験の組み合わせで決まる多層な現象です。
- 変化する環境に切り替えたときの適応は人によって違い、感情の調整や不確実さへの耐性が影響します。
- 研究は、学習を人と環境に合わせて設計することが大事だと示しています。
私たちは日々、さまざまなことを学びます。
仕事の手順、ゲームの攻略法、勉強のコツ、人との関わり方。
しかし、ある場面でうまくいった方法が、別の場面では通用しないことがあります。
「練習したのに、本番ではうまくいかない」
「前と同じようにやったのに、結果が変わってしまう」
このような経験は、多くの人にとって身近ではないでしょうか。
アメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学 心理学部を中心とする研究チームは、
「スキルが別の場面へ移る(転移する)かどうかは、何によって決まるのか」
という問いに取り組みました。
そして、この研究が示したのは、次のような考え方です。
学習の転移は、
「課題の性質」だけでも、
「人の能力」だけでも、
「練習量」だけでも決まらない。
課題・人・経験の組み合わせによって形づくられる。
この論文は、学習の転移を「多層的な現象」として捉え直す試みです。
転移とは何か
心理学では、ある状況で身につけたスキルが、別の状況でも使えるようになることを**転移(トランスファー)**と呼びます。
たとえば、
・運転教習で学んだ判断が、実際の道路でも役立つ
・プログラミングの考え方が、別の言語でも応用できる
・スポーツの練習で身につけた動きが、試合で再現できる
これらはすべて転移の例です。
しかし、これまでの研究では、
・練習内容が良いか悪いか
・頭の良さや能力が高いかどうか
といった単一の要因に注目することが多く、結果が一致しませんでした。
そこで研究者たちは、
「複数のレベルを同時に見る必要がある」
と考えました。
研究の枠組み
この研究では、次の三つのレベルを同時に扱いました。
-
課題レベル
・ルールが一定か
・ルールが頻繁に変わるか
・ストレスがあるかどうか -
個人レベル
・不確実さへの弱さ(不確実性への耐性)
・感情の調整のしかた
・不安の傾向 -
個人内レベル
・どれだけ練習したか
・時間とともにどう変化したか
これらを組み合わせて、学習と転移を調べました。
どんな実験だったのか
参加者は、グリッド状の画面上で資源を集めたり、敵から街を守ったりするゲーム形式の課題を行いました。
ポイントは二種類の課題環境です。
一貫した環境(コンシステント)
・赤はいつも速い
・大きいものはいつも強い
といったように、意味づけが変わらない。
変化する環境(インコンシステント)
・赤が速いときもあれば遅いときもある
・大きさと強さの対応が途中で変わる
つまり、ルールが途中で入れ替わる。
参加者は5ラウンド練習したあと、
6ラウンド目で
・同じ環境を続ける人
・別の環境に切り替わる人
に分かれました。
これが「転移」の場面です。
練習中に起きていたこと
まず、練習段階では次のことが分かりました。
・回数を重ねるほど成績は良くなる
・時間も短くなる
つまり、普通の学習曲線が確認されました。
意外なことに、
・ストレスがあるかどうか
・一貫環境か変化環境か
は、平均的な成績には大きな差を生みませんでした。
一見すると、どの条件でも同じように学べているように見えます。
切り替えた瞬間に起きたこと
ところが、6ラウンド目で状況が変わります。
一貫 → 変化 に切り替えた人
・得点が大きく下がる
・混乱が起きる
変化 → 一貫 に切り替えた人
・比較的うまく適応できる
つまり、
安定した環境で学んだ人ほど、不安定な環境への転移が難しい
ことが示されました。
ただし興味深いのは、
・得点は下がっても
・作業時間はすぐに周囲と同じ水準に戻る
という点です。
これは、
「正確さは落ちるが、動き自体は適応している」
という、部分的な転移を示しています。
人によって結果が大きく違う
ここからが、この研究の核心です。
平均値だけを見ると、
「転移はうまくいかない」
と結論づけてしまいそうです。
しかし、個人ごとに見ると、まったく違うパターンが現れました。
感情調整のしかたが影響する
研究では、日常的にどのように感情を調整するかを質問紙で測定しました。
特に注目されたのが、
認知的再評価という方法です。
これは、
「出来事の意味づけを変えて気持ちを調整する」
やり方です。
例:
「失敗した」→「練習の機会だ」
認知的再評価が低い人
・一貫環境では高成績
・切り替えると大きく崩れる
認知的再評価が高い人
・練習中は環境差があまり出ない
・切り替え後に差が広がることがある
つまり、
どちらが優れている、という話ではありません。
得意な戦い方が違う、ということです。
不確実さが苦手な人
「先が読めない状況がつらい」と感じやすい人は、
・変化環境での練習が特に難しい
・切り替え後も成績が伸びにくい
傾向がありました。
体の反応も関係していた
参加者の心拍数や血圧も測定されました。
ストレス課題によって、
・心拍数
・血圧
は上昇しました。
しかし、ストレス条件そのものが直接成績を下げたわけではありません。
代わりに重要だったのは、
**心拍変動(HRV)**という指標です。
HRVが高い人ほど、
・状況変化に合わせて行動を調整しやすい
傾向が見られました。
これは、
生理的な柔軟性が行動の柔軟性と関係している
可能性を示します。
なぜ平均だけでは見えなかったのか
ある人は、
・切り替えで成績が下がる
別の人は、
・切り替えで成績が上がる
こうした逆方向の変化が同時に起きると、
平均すると「変化なし」に見えてしまいます。
研究者たちは、
グループ平均は、個人の適応のしかたを隠してしまう
と指摘しています。
この研究が伝える大きなメッセージ
学習の転移は、
「どんな練習をしたか」
×
「どんな人か」
×
「どんな状態で取り組んだか」
の掛け算で決まります。
同じ訓練でも、
全員に同じ効果が出るわけではありません。
実践への示唆
研究者たちは、次のような方向性を示しています。
・最初から少し変化を含む練習を取り入れる
・不確実さが苦手な人には、ルールの見える化を行う
・感情調整の方法を教える
・人によって練習環境を変える
つまり、
環境を調整し、人に合わせる訓練設計が重要だということです。
おわりに
この研究は、静かにこう語っているようにも感じられます。
学べないのではない。
転移できないのではない。
その人に合った形で学ばれていないだけかもしれない。
学習の可能性は、
個人の中にすでに存在している。
その可能性を引き出す鍵は、
「人を見ること」と「環境を見ること」の両方にあるのかもしれません。
(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-026-00408-9)

