語りは癒しにも、足止めにもなる

この記事の読みどころ
  • つらい出来事を話すこと自体が成長につながるとは限らず、話す態度とその後の考え方が大事だと分かった。
  • 「意図的反すう(意味づけを考える思考)」は成長と結びつきやすい反面、「侵入的反すう(勝手に思い出す思考)」は成長を妨げることがある。
  • だから、どう話すかよりも、話した後に何を考え、どんな意味を見いだすかが大切だという結論に近い。

語ることは成長につながるのか

私たちは、つらい出来事を経験したとき、それを誰かに話すべきかどうか迷うことがあります。話すことで少し楽になる気もする一方で、思い出してしまうのが怖かったり、話したところで何も変わらないのではないかと感じたりすることもあります。では実際のところ、「出来事を語ること」は、その後の心の成長につながるのでしょうか。それとも、逆効果になることもあるのでしょうか。

今回紹介する研究は、この問いに対して、かなり丁寧なデータと理論的背景をもとに迫っています。研究を行ったのは、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の研究チームです。対象は日本の成人で、仕事、家族関係、人間関係、病気や事故など、さまざまなストレスフルな出来事を経験した人たちです。

この研究の特徴は、「話したかどうか」だけでなく、「話すことに対してどんな態度を持っているか」、そして「その出来事について、頭の中でどのように考え続けているか」に注目している点にあります。

トラウマのあとに起こる“成長”とは何か

強いストレスや困難な出来事のあと、人は不安や恐怖、侵入的な思考など、さまざまな心理的反応を経験します。一方で、すべての人が長期的に不調に陥るわけではありません。むしろ、多くの人は時間とともに適応し、ときには以前よりも価値観が深まったり、人との関係を大切に感じるようになったりします。

こうした前向きな心理的変化は、「心的外傷後成長(ポストトラウマティック・グロース)」と呼ばれています。これは、「非常に困難な人生経験と向き合い、格闘する過程で生じる、肯定的な心理的変化」を指します。

重要なのは、この成長が「つらい出来事そのもの」から自然に生まれるわけではないという点です。研究では、その出来事をどう受け止め、どう考え続けたかという心のプロセスが、成長に大きく関わると考えられています。

頭の中で起こる二つの思考プロセス

研究者たちが特に注目しているのが、「出来事関連反すう」と呼ばれる思考のあり方です。これは、つらい出来事について、繰り返し頭の中で考えてしまうことを指しますが、その中身には大きく二つのタイプがあります。

一つは「侵入的反すう」です。これは、自分の意思とは関係なく、嫌な記憶やイメージが突然浮かんでくるような思考です。多くの場合、不安や苦痛を強め、気分を下げてしまいます。

もう一つは「意図的反すう」です。こちらは、出来事の意味を考え直したり、「あの経験は自分にとって何だったのか」を意識的に振り返る思考です。必ずしも楽な作業ではありませんが、経験を自分なりに整理し、意味づけていくプロセスと考えられています。

これまでの研究では、意図的反すうは心的外傷後成長と結びつきやすく、侵入的反すうはむしろ成長を妨げることが多いと示されてきました。

「話すこと」そのものではなく、「話すことへの態度」

では、出来事を誰かに話すことは、これらの思考プロセスにどのように影響するのでしょうか。

この研究では、「出来事開示」に対する態度を二つに分けて測定しています。一つは「話したい、話すことは役に立つと思っている」という前向きな態度です。研究ではこれを「開示への意欲」と呼んでいます。もう一つは、「話すことはあまり意味がない、あるいはつらくなるだけだ」と感じる態度で、「開示への抵抗感」とされています。

ここで重要なのは、どちらの態度を持っていても、この研究の参加者は少なくとも一度は誰かに出来事を話した経験があるという点です。その上で、「どう感じながら話していたのか」が分析されています。

日本の成人480人を対象にした調査

研究チームは、20歳から59歳までの日本人成人を対象に、オンライン調査を行いました。最終的に分析に含まれたのは480人です。

参加者は、自分の人生で最もストレスが強かった出来事を一つ思い出し、その出来事について、開示への態度、侵入的反すうと意図的反すうの頻度、そして心的外傷後成長の程度を回答しました。出来事の種類は、仕事上の問題、家族の問題、人間関係、病気や事故、死別など、多岐にわたっています。

統計的な分析には構造方程式モデリングという手法が用いられ、複数の心理的要因の関係が同時に検討されました。

「話す態度」は成長を直接は高めない

まず明らかになったのは、少し意外な結果です。「開示への意欲」が高い人も、「開示への抵抗感」が強い人も、それだけで心的外傷後成長が高いわけではありませんでした。

つまり、「話すことを前向きに捉えているから成長する」「話すのが嫌いだから成長しない」という単純な関係は見られなかったのです。

では、態度はまったく意味がないのでしょうか。答えは「いいえ」です。

思考のあり方を通じて、間接的に影響する

分析を進めると、開示への態度は「出来事についてどう考え続けているか」を通じて、間接的に心的外傷後成長と結びついていることがわかりました。

開示への意欲が高い人ほど、意図的反すうが増えやすく、その結果として心的外傷後成長が高まっていました。一方で、同じ人たちは侵入的反すうも増えやすく、こちらは成長を抑える方向に働いていました。

つまり、「話すことを前向きに捉えている人」は、出来事を意味づけようと深く考える一方で、嫌な思い出もよみがえりやすい、という両面を持っていることになります。

興味深いことに、開示への抵抗感が強い人でも、同じような構造が見られました。ただし、その影響の大きさは、開示への意欲が高い人に比べて、約3分の1程度と小さいものでした。

「話せばいい」わけではないという示唆

この結果は、「つらいことは話したほうがいい」という単純なメッセージに、慎重さを求めています。

確かに、出来事を語ることは、経験を整理し、意味を見いだす意図的反すうを促す可能性があります。しかし同時に、語る行為そのものが、侵入的な思考を強めてしまうこともあるのです。

研究者たちは、これは心理的デブリーフィングに関する過去の研究とも一致すると指摘しています。出来事を繰り返し語ることが、必ずしも回復や成長につながらず、かえって苦痛を長引かせる場合があることは、以前から知られていました。

成長につながる「語り方」があるのか

この研究は、「語るか、語らないか」ではなく、「どのように語り、どのように考えるか」が重要であることを示しています。

特に、出来事のネガティブな側面をただ再生するのではなく、「自分はこの経験から何を学んだのか」「今の自分にどんな意味を持っているのか」といった方向で考えることが、成長につながりやすいと考えられます。

また、誰に語るのか、相手がどのように反応するのかといった対人関係の側面も、今後さらに検討が必要だと研究者たちは述べています。

日本という文化的文脈での意味

この研究が日本人を対象としている点も重要です。これまでの多くの研究は欧米で行われてきましたが、東アジアの文化では、出来事の開示や感情表現の意味合いが異なる可能性があります。

日本では、むやみに自分の苦しさを語ることにためらいを感じる人も少なくありません。その中で、語ることがどのように心の整理や成長につながるのかを明らかにした本研究は、日本社会においても示唆に富むものといえます。

語ることと向き合うために

名古屋大学の研究チームによるこの研究は、つらい出来事をどう扱うかについて、私たちに一つの視点を与えてくれます。

語ることは、成長のきっかけにもなり得ますが、万能薬ではありません。大切なのは、自分が今どのような思考状態にあり、何を求めて語ろうとしているのかを見つめることなのかもしれません。

出来事を語ることと、意味を見いだそうとする静かな思考。そのバランスの中に、心の成長への道筋があるようにも感じられます。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0340671

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