皮膚の病気は、皮膚だけの問題ではない

この記事の読みどころ
  • 乾癬はかゆみや痛みだけでなく、服装の自由を制限したり日常生活を難しくしたりすることが多い。
  • 心理的な負担や自己価値の低下、他人の視線への不安から孤立や自殺を考えることもある。
  • 治療は副作用や費用の問題があり、薬だけでなく心理的・社会的な支援が大切で、患者はうまく適応して生き方を見つけることがある。

皮膚の病気として見えないところで、人生が削られていく

皮膚に現れる病気は、しばしば「見た目の問題」として扱われがちです。
しかし、マレーシアで行われた本研究は、乾癬という慢性皮膚疾患が、単なる皮膚症状にとどまらず、人の感情、社会生活、経済状況、そして人生観そのものにまで深く影響していることを、当事者の語りから明らかにしました。

この研究は、マレーシア科学大学(Universiti Sains Malaysia)医学部・歯学部の研究チームによって実施され、乾癬患者が日々どのような困難を抱え、どのように対処して生きているのかを、質的研究という方法で丁寧に掘り下げていますす。

研究の概要と方法

研究対象となったのは、マレーシア乾癬協会に登録している成人患者30名です。平均年齢は44歳、乾癬の罹患期間は平均で20年以上と、長期にわたって病気と付き合ってきた人たちでした。

研究では、オンラインによる詳細なインタビューが行われ、あわせて皮膚疾患が生活の質に与える影響を測る質問票も用いられました。
得られた語りはテーマごとに整理され、患者の経験がどのような構造を持っているのかが分析されています。

「着る服」から奪われる自由

最初に浮かび上がったのは、身体的な負担です。
乾癬の症状として多く語られたのは、強いかゆみ、痛み、皮膚のひび割れ、出血でした。夜も眠れないほどの症状が続くことも珍しくありません。

なかでも印象的なのは、「服装」に関する制限です。
血や膿が目立たないよう、黒い服しか選べなくなった人。
症状を隠せる服が見つからず、大切な友人の結婚式への出席を諦めた人。

これは単なる好みの問題ではなく、「人前に出ること」そのものを制限する要因になっていました。

痛みと動けなさが、生活を静かに壊していく

乾癬性関節炎を併発している人では、関節のこわばりや痛みにより、歩く、階段を上る、着替えるといった基本的な動作すら困難になります。

研究参加者の中には、入浴時に腕が上がらず、頭の横しか洗えないと語る人もいました。
こうした身体的制限は、仕事の継続や日常生活の自立を難しくし、「自分は役に立たない存在なのではないか」という感覚を強めていきます。

心が先に壊れていくという現実

研究で最も重く語られたのは、心理的な負担でした。

多くの人が、感情のコントロールが難しくなったと話しています。
症状が目立つ部位に出た瞬間、怒りがこみ上げたり、突然涙が止まらなくなったりする。
こうした感情の揺れは、病気の予測不能性と、常に他人の視線を意識せざるを得ない生活から生まれていました。

中には、抑うつや絶望感が強まり、「生きているのがつらい」と感じる段階にまで追い込まれた人もいます。
入院中、孤独と痛みに耐えながら、自殺を考えたことがあるという語りも含まれていました。

「触れられない身体」が自己価値を奪う

乾癬は、人との親密さにも深刻な影響を与えます。

「触られることを避けられる」
「配偶者に汚いと思われている気がする」
「自分は性的に魅力のない存在だと感じる」

こうした思いが積み重なり、自己価値が崩れていきます。
研究参加者の中には、病気を理由に結婚生活が破綻した人、家族から距離を置かれたと感じている人もいました。

社会からの拒絶という、もう一つの傷

乾癬は感染症ではありません。
しかし、社会では誤解が根強く残っています。

美容院やマッサージ店で施術を断られた経験。
公共の場で露骨に避けられた記憶。
友人が少しずつ離れていったことへの戸惑い。

こうした体験は、「人と関わること」自体を怖いものに変えていきます。
研究では、多くの人がプールや公共施設、集まりの場を避けるようになったと語っています。

治療は希望であり、同時に重荷でもある

治療についても、相反する経験が語られました。

従来の治療では、副作用に苦しんだ人が少なくありません。
脱毛、皮膚の萎縮、記憶障害への不安、妊娠中の投薬による流産経験など、治療そのものが新たな苦しみを生むこともありました。

一方で、生物学的製剤と呼ばれる新しい治療を受けた人たちは、「人生を取り戻したようだった」と表現しています。
症状がほぼ消え、日常生活が一変した経験は、治療の可能性を強く感じさせるものでした。

お金が、選択肢を狭めていく

乾癬は一生付き合う病気です。
そのため、治療費の問題は長期的な負担になります。

生物学的製剤は非常に高額で、保険の対象外となることも多く、利用できる人は限られていました。
巡礼のために貯めていたお金を治療に充てた人。
保険加入を断られた人。
仕事を転々とせざるを得ず、収入が安定しない人。

経済的な不安は、治療の継続だけでなく、人生設計そのものを揺るがします。

それでも、人は適応していく

本研究で注目すべきなのは、最後に見えてくる「適応」の姿です。

多くの人が、時間をかけて病気を受け入れ、自分なりの生き方を見つけていました。
生活習慣を見直し、ストレスを避け、支援を求める。
家族や仲間とのつながりを大切にし、同じ立場の人と声を掛け合う。

中には、患者会を立ち上げ、社会に向けて「乾癬は感染しない」と伝える活動を始めた人もいます。
祈りや瞑想といった精神的な支えを大切にする人もいました。

皮膚の外側まで含めて、病気を考えるということ

研究者たちは、これらの結果を「生物・心理・社会」を一体として捉える考え方で整理しています。
乾癬は、皮膚だけの問題ではありません。
身体の症状、心の状態、社会との関係が互いに影響し合い、生活の質を形づくっています。

だからこそ、治療もまた、薬だけで完結するものではなく、心理的支援や社会的理解と組み合わされる必要がある。
本研究は、そのことを当事者の声から静かに、しかし明確に示しています。

乾癬という病気を理解することは、「見える症状の奥にある人生」を理解することでもあるのです。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0329066

テキストのコピーはできません。