心理学を学ぶとき、私たちは何を「正解」だと思っているのか

この記事の読みどころ
  • 認識論的信念はトピックによって変わる可能性がある。
  • 統合失調症は「正解がある」と感じやすく、うつ病と言語獲得は評価主義が強い。
  • 教育ではトピックごとに証拠の示し方を工夫する必要があるが、研究には限界もある。

知識の「正しさ」は、いつも同じように感じられているのか

心理学を学ぶ学生は、うつ病について考えるときと、統合失調症について考えるときと、言語の発達について考えるときとで、同じように「知識」を捉えているのでしょうか。

私たちは普段、知識を「あるか、ないか」「正しいか、間違っているか」といった単純なものとして扱いがちです。しかし実際には、人はそれぞれ、「知識とは何か」「どうやって正しいと判断するのか」について、無意識のうちに独自の考え方を持っています。

心理学では、こうした考え方を**認識論的信念(エピステミック・ビリーフ)**と呼びます。
この信念は、学習のしかた、情報の評価、議論の進め方などに深く関わっています。

今回紹介する研究は、この認識論的信念が、「心理学という分野全体」で一定なのではなく、同じ心理学の中でも、トピックごとに変化する可能性を示しました。


この研究を行った組織と目的

この研究は、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学(KU Leuven)心理学・教育科学部に所属する研究チームによって行われました。

研究の目的は、心理学を学ぶ学生の認識論的信念が、

・トピックによって変わるのか
・臨床心理学のトピック同士は似た傾向を示すのか

を検証することでした。


認識論的信念とは何か

認識論的信念は、大きく次の三つの立場に分けられます。

絶対主義(Absolutism)
知識には唯一の正解があり、正しさは確定していると考える立場。

多元主義(Multiplism)
複数の答えがあり、どれも意見のひとつにすぎないと考える立場。

評価主義(Evaluativism)
複数の考えがあっても、証拠や根拠を比べながら、より妥当な説明を判断できると考える立場。

心理学教育では、特に評価主義的な考え方が重要だとされています。なぜなら、心理学は証拠をもとに議論し、理論を更新していく学問だからです。


トピックごとに信念は変わるのかという問い

これまでの研究の多くは、

・人はどの分野でも似た信念を持つ
・あるいは、分野ごとに違う信念を持つ

という二つの視点で検討されてきました。

しかし近年では、同じ分野の中でも、トピックごとに信念が変わるという考え方が注目されています。

たとえば、

・原因が単純そうに見える話題
・説明が複雑で議論が多い話題

では、知識の捉え方が変わるかもしれません。

心理学は、この点を調べるのに適した分野です。
生物学的説明が強調されるテーマもあれば、社会的・環境的要因が重視されるテーマもあるからです。


研究の方法

研究には、ベルギーの大学に在籍する心理学専攻の1年生480人が参加しました。

学生たちは、次の三つのトピックのうち、二つについて考える課題に取り組みました。

・うつ病
・統合失調症
・言語獲得(子どもが言葉を学ぶ過程)

それぞれのトピックについて、互いに食い違う複数の説明文が提示されます。
学生はそれを読み、「どの程度もっともらしいか」「どう考えるか」を回答しました。

この方法により、一般的な質問紙では捉えにくい、場面に応じた思考のしかたを測定できます。


全体的な傾向

三つのトピックすべてにおいて、

・評価主義が最も高い
・次に絶対主義
・多元主義は最も低い

という傾向が見られました。

つまり、心理学を学び始めた学生の多くは、基本的には「証拠をもとに判断する」という姿勢を持っていました。

しかし、詳しく分析すると、トピックによる違いが明確に現れました。


統合失調症で強まる「正解がある」という感覚

統合失調症について考えるとき、学生は他のトピックよりも、

・絶対主義が高く
・評価主義が低い

傾向を示しました。

言い換えると、統合失調症に関しては、

「原因や答えは比較的はっきりしている」
「正解が存在する」

と感じやすいことが示唆されます。


うつ病と言語獲得では、より評価的な思考

一方で、うつ病や言語獲得について考えるときは、

・評価主義が高く
・絶対主義が低い

傾向が見られました。

これらのトピックでは、

「複数の要因が絡み合っている」
「証拠を比較しながら考える必要がある」

と感じやすい可能性があります。


臨床分野同士でも似ないという意外な結果

研究者たちは当初、

うつ病と統合失調症はどちらも臨床心理学のトピックなので、似た傾向を示すだろう

と予測していました。

しかし実際には、
統合失調症は、うつ病よりも「正解がある」と捉えられやすいトピックだったのです。

この結果は、

「分野のラベル」よりも
「そのトピックがどう見えるか」

のほうが、信念に強く影響することを示しています。


なぜ統合失調症は確実そうに感じられるのか

研究者たちは、学生が統合失調症を、

・遺伝や脳など、生物学的要因が強い
・医学的に確立している

と認識している可能性を指摘しています。

そのため、

「はっきりした原因がある」
「専門家が答えを知っている」

という印象を持ちやすいのかもしれません。


教育への示唆

この研究は、重要な示唆を与えています。

教師が、

「心理学では証拠をもとに考えることが大切です」

と一度教えただけでは、すべてのトピックで同じように働くとは限りません。

特に、

「事実がはっきりしていそうなテーマ」

では、学生が無意識に絶対主義的になりやすい可能性があります。

そのため、

・異なる理論を並べて提示する
・証拠の強さを比較させる
・なぜ意見が分かれるのかを考えさせる

といった工夫が、トピックごとに必要になると考えられます。


研究の限界

この研究には、いくつかの制約があります。

・扱ったトピックが三つのみ
・対象が1年生のみ
・言語獲得のシナリオは新規作成であり、さらなる検証が必要

そのため、今後は、社会心理学や発達心理学など、より多様なトピックでの検討が求められます。


まとめ

この研究が示しているのは、次のようなメッセージです。

人は、同じ心理学を学んでいても、
トピックが変わると、「知識の見え方」も変わる。

認識論的信念は、固定された性格特性ではなく、
状況に応じて揺れ動くものなのかもしれません。

学びを深めるためには、
「何を学ぶか」だけでなく、
「そのテーマについて、自分はどんな前提で考えているのか」
に気づくことが、大切なのかもしれません。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1716543

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