ChatGPTは、働く人を不安にしているのか

この記事の読みどころ
  • 実験の結果、ChatGPTを見たり使ったりしても、多くの人の「仕事を失うかもしれない」という不安は高まらなかった。
  • ただしAIが自分より優れていると感じる人では、不安が少し高まることがあるという傾向が見られた。
  • ロボットのように体を持つAIと比べ、文章だけのAIは仕事の置き換えを実感しにくい点が今回の結果と違っていた。

ChatGPTは、働く人の不安を本当に高めるのか

――大規模言語モデルと「仕事を失うかもしれない感覚」の意外な関係

ChatGPTが登場して以来、
「AIに仕事を奪われるのではないか」
という不安は、ニュースやSNSで繰り返し語られてきました。

実際に、プログラミング、文章作成、要約、翻訳、データ整理など、これまで人間が担ってきた多くの業務を、AIはすでに高速かつ正確にこなします。

では、こうしたAIに実際に触れたとき、働く人の心の中では何が起きるのでしょうか。

「仕事を失うかもしれない」という感情は強まるのでしょうか。
それとも、思われているほど大きな変化は起きないのでしょうか。

この問いに実験的に答えたのが、ハイデルベルク大学心理学研究所、ミュンヘン大学心理学部、ライプニッツ・レジリエンス研究所の研究チームによる今回の研究です。

研究者たちは、大規模言語モデルであるChatGPTへの接触使用が、働く人の心理にどのような影響を与えるのかを詳しく調べました。


仕事を失うかもしれない「感情」とは何か

この研究で中心となるのは、
感情的オートメーション関連ジョブ・インセキュリティという概念です。

これは、

AIや自動化によって、自分の仕事や作業が置き換えられるのではないかと感じる、心配・不安・恐れ

を指します。

失業率の変化や経済状況といった社会全体の話ではなく、
「自分の仕事は将来も続けられるのか」
という、個人の主観的な感覚に焦点を当てたものです。

過去の研究では、このような不安は、

  • 心身の健康の低下

  • 仕事への意欲の低下

  • 燃え尽き感の増加

  • 退職を考える気持ちの増加

などと関連することが示されています。

研究者たちは、ChatGPTも同じような不安を引き起こすのかどうかを検証しました。


人は「資源」を守ろうとする

この研究の理論的な土台には、資源保存理論があります。

この理論では、人は次のような傾向をもつと考えられています。

人は、
持っている大切なものを守ろうとし、
失いそうになると強いストレスを感じ、
将来のために新しい資源を手に入れようとする。

ここでいう資源とは、たとえば、

  • 仕事

  • 収入

  • 地位

  • スキル

  • 人間関係

などです。

仕事は、多くの資源をまとめて支える「重要な土台」といえます。

もしChatGPTが仕事を奪う存在だと感じられるなら、
人は強い不安を感じ、
「辞めたほうがいいかもしれない」
「新しいスキルを身につけなければ」
と考えるはずです。


実験1 ChatGPTを見るだけで不安は高まるのか

最初の実験には、ドイツのホワイトカラー労働者254人が参加しました。

参加者は2つのグループに分けられました。

  • ChatGPTの機能紹介動画を見るグループ

  • Microsoft Wordの機能紹介動画を見るグループ

動画を見たあとで、

  • 感情的オートメーション関連ジョブ・インセキュリティ

  • 転職を考える気持ち

  • 学習や研修を受けたい気持ち

を質問紙で回答しました。

結果

ChatGPTの動画を見た人と、Wordの動画を見た人のあいだで、
不安の強さに有意な差はありませんでした。

転職意図や学習意図についても、差は見られませんでした。

つまり、

ChatGPTの存在を「知る」「見る」だけでは、
仕事を失うかもしれないという感情的な不安は高まらなかったのです。


実験2 ChatGPTを実際に使うとどうなるのか

研究者たちは、
「見るだけでは弱すぎるのではないか」
と考え、2つ目の実験を行いました。

391人のホワイトカラー労働者が参加しました。

参加者の半分は、ChatGPTを使って、

  • 架空の同僚に送る丁寧なメールを書く

という課題を行いました。

残りの半分は、ChatGPTを使わずに自分でメールを書きました。

さらに、参加者は、

  • ChatGPTが代替できそうな業務

  • それが自分の仕事に関係するか

について考える課題にも取り組みました。

その後、実験1と同じ質問紙に回答しました。

結果

ここでも、

ChatGPTを使った人と、使わなかった人のあいだで、
感情的オートメーション関連ジョブ・インセキュリティに有意な差はありませんでした。

転職意図や学習意図についても差は見られませんでした。


「ほとんどの人」は不安を強めていない

2つの実験を通して、研究者たちは次の結論に至りました。

ChatGPTへの接触や使用は、
少なくとも短期的には、
多くのホワイトカラー労働者にとって、
仕事を失うかもしれないという感情的な不安を高めていない。

また、不安が高まらないため、

  • 転職したい

  • 学び直したい

といった意図も、特に増えていませんでした。


ただし「AIの方が自分より優秀だと思う人」は違う

研究者たちは探索的に、
「AIは人間よりも優れている」と感じている人に注目しました。

すると、

ChatGPTを使い、
かつ、AIの方が自分より高い能力をもつと感じている人では、
感情的オートメーション関連ジョブ・インセキュリティがわずかに高くなることが示されました。

効果は小さいものの、

AIを「自分を上回る存在」と捉えるかどうかが、
不安を感じるかどうかの分かれ目になる可能性が示唆されました。


なぜロボットとは違うのか

過去の研究では、
人型ロボットを見ると仕事不安が高まることが報告されています。

今回の研究では、ChatGPTでは同じ現象が起きませんでした。

研究者たちは、

  • 物理的な身体をもつロボットの方が

  • 見た目として「置き換え」を実感しやすい

可能性を指摘しています。

文章だけでやり取りするAIは、
仕事を奪う存在としては、まだ実感されにくいのかもしれません。


この研究が示していること

この研究が示しているのは、

ChatGPTの普及=すぐに大量の仕事不安が生まれる
という単純な図式は成り立たない、ということです。

少なくとも現時点では、

多くの人はChatGPTを
「脅威」というより
「道具」として受け止めている可能性があります。

一方で、

AIを「自分より優秀な存在」と感じる人では、
不安が芽生えやすいことも示されています。


おわりに

AIが急速に進化する時代において、
「人はどのように感じるのか」
を丁寧に確かめることは、とても重要です。

この研究は、

不安が自動的に生まれるのではなく、
AIをどう捉えるかによって、心の反応が変わることを静かに示しています。

仕事とAIの関係は、
恐怖だけで語るものではなく、
人の認識や意味づけとともに形づくられていくのかもしれません。

(出典:Occupational Health Science DOI: 10.1007/s41542-025-00251-0

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