学歴は、脳の老化を変える?

この記事の読みどころ
  • 脳波の背景信号(非周期成分)は年齢とともに変わり、指数とオフセットが低くなることがある。
  • 教育年数が多い人は年齢によるこの変化を弱める傾向があり、40歳以降は脳波の値が高く保たれやすい。
  • 教育が多い人では、脳波の変化と認知機能の関係が60歳以降逆転することがあり、脳の代償機能の可能性が示された。

学歴は「脳の老化の意味」を変えるのか

年齢を重ねると、脳の働きは少しずつ変化していきます。
記憶力や注意力、思考の速さなどが変わっていくことは、多くの人が経験として知っているでしょう。

しかし、その変化は単純ではありません。
同じ年齢でも、ある人は認知機能がよく保たれている一方、別の人は衰えを感じることがあります。

では、その違いはどこから生まれるのでしょうか。

最近、脳波の研究から、そこに**教育歴(学歴)**が深く関わっている可能性があることが示されました。
この研究は、イタリアの パドヴァ大学(University of Padova)IRCCSサン・カミッロ病院(IRCCS San Camillo Hospital) などの研究チームによって行われました。

研究者たちは、脳波のある特徴と、年齢、教育歴、そして認知機能の関係を詳しく調べました。
その結果、教育は単に「認知機能を高める要因」ではなく、脳の老化の意味そのものを変える可能性があることが見えてきました。


脳波には「背景のゆらぎ」がある

脳の活動は、脳波(EEG)として測定することができます。
これは、頭皮に電極をつけて、脳の電気活動を記録する方法です。

これまで多くの研究では、脳波の「リズム」に注目してきました。
例えばアルファ波やベータ波といった、特定の周波数の振動です。

しかし最近、研究者たちは別の部分にも注目するようになりました。
それが 「非周期成分(aperiodic component)」 と呼ばれるものです。

これは、脳波の中に存在する背景のゆらぎのような信号です。
特定のリズムではなく、広い周波数に広がる信号です。

この背景信号には主に二つの指標があります。

指数(exponent)
脳波のスペクトルがどれくらい急な傾きを持つかを示す

オフセット(offset)
脳波の全体的な強さを示す

研究では、これらの値が脳の状態や認知機能と関係している可能性が指摘されています。
例えば、加齢とともに指数やオフセットが低くなることが報告されています。


714人の脳波データを分析

研究では、18歳から91歳までの714人のデータが分析されました。
参加者は精神疾患や神経疾患がない健康な人たちです。

研究では次の情報が使われました。

  • 年齢

  • 教育年数

  • 脳波の非周期成分

  • 認知機能テストのスコア

認知機能は MMSE(Mini-Mental State Examination) というテストで測定されました。
これは記憶や注意、言語などを評価する一般的な認知機能テストです。

研究者たちは、脳のさまざまな領域について、

  • 年齢

  • 教育

  • 脳波の特徴

がどのように関係するかを、統計モデルを使って詳しく調べました。


年齢とともに変わる脳波

まず確認されたのは、加齢による変化です。

年齢が高くなるほど、

  • 指数(exponent)

  • オフセット(offset)

が低くなる傾向が見られました。

これは特に次の脳領域で確認されました。

  • 帯状皮質

  • 海馬周辺

  • 頭頂葉

  • 側頭葉

この結果は、これまでの研究とも一致しています。

つまり、脳の背景活動の特徴は、加齢によって変化するのです。


教育はこの変化を弱める

しかし、この研究で重要だったのはここからです。

教育年数を考慮すると、結果は変わりました。

教育年数が多い人では、
年齢による指数やオフセットの低下が弱くなる傾向が見られたのです。

特に40歳以降では、

教育年数が多い人ほど
脳波の値が高く保たれる傾向がありました。

つまり、

教育は脳の加齢変化を和らげる可能性がある

という結果です。


しかし認知機能との関係は単純ではない

ここで研究はさらに興味深い結果を示しました。

脳波の値と認知機能の関係が、
教育によって逆転することが見つかったのです。

教育が少ない人

教育年数が少ない人では、

指数やオフセットが低いほど
MMSEスコアが低い傾向がありました。

つまり、

脳波の変化
→ 認知機能の低下

という一般的な関係です。


教育が多い人

しかし教育年数が多い人では、
60歳以降に逆の傾向が見られました。

指数やオフセットが低い人ほど、
認知機能が高い場合があったのです。

つまり、

同じ脳波の変化でも
教育によって意味が変わる可能性があるのです。


脳の「代償」が働く可能性

研究者たちは、この結果について慎重に解釈しています。

教育の高い人では、

脳の変化を
別のネットワークが補う(代償する)

可能性があります。

つまり、

脳の状態が同じでも
使い方が違うかもしれないのです。

このような現象は、
「認知予備力(cognitive reserve)」と呼ばれる考え方と関係しています。

認知予備力とは、

教育
知的活動
経験

などによって形成される、
脳の柔軟性のようなものです。


脳の老化は一つのパターンではない

この研究は、重要なことを示しています。

脳の老化は
単純な一つのパターンではありません。

同じ脳の変化でも

  • 年齢

  • 教育

  • 個人の経験

によって、その意味は変わる可能性があります。

研究者たちは、脳波の非周期成分を
「神経回路の状態を示す指標」として捉えています。

しかし、それが何を意味するかは
人によって違うかもしれません。


教育は脳の老化の物語を変えるのか

この研究は、教育が脳の老化に影響する可能性を示しました。

ただし、ここで注意が必要です。

教育が直接、脳を守るのか。
それとも教育とともに増える

  • 読書

  • 知的活動

  • 社会参加

などが影響しているのか。

それはまだ分かっていません。

また、この研究では
脳波の二つの指標が強く相関していたため、
それぞれの生物学的意味はまだ完全には解明されていません。

脳の老化を理解するには、
さらに研究が必要です。

それでも、この研究は一つの可能性を示しています。

脳の老化は、
単に時間が作るものではないのかもしれません。

私たちがどのように学び、
どのように世界と関わってきたか。

その経験が、
脳の変化の意味を静かに書き換えているのかもしれないのです。

(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0328318

テキストのコピーはできません。