- VRと脳波を使って「惜しい失敗」が次の賭けの判断にどう影響するかを調べた。
- 勝った後はリスクを取りにくく、ニアミスの後や負けの後は高リスクを選びやすい傾向があった。
- 気分の変化はあまり影響しなかったが、偶発的な感情が判断に関係する可能性がある。
「ほとんど当たった」は、なぜ心を動かすのか
──バーチャルギャンブルで見えた、感情と脳の静かなズレ
「惜しかった」「あと少しだった」。
私たちは日常のさまざまな場面で、こうした感覚を経験します。
テストの点数、仕事の評価、抽選、ゲーム。
結果は失敗なのに、「完全な失敗」とは少し違う感覚が残ることがあります。
この「ほとんど成功だった」という体験は、人の行動や気持ちにどのような影響を与えるのでしょうか。
イタリアのウニメルカトルム大学(University Mercatorum)、ローマ・サピエンツァ大学(Sapienza University of Rome)、およびAI系スタートアップAI2life社の研究チームは、バーチャルリアリティ(VR)と脳波計測を組み合わせ、こうした「惜しい失敗」が意思決定と脳の反応にどのように作用するかを詳しく調べました。
さらにこの研究では、**そのときの気分(ポジティブ・ネガティブ・中立)**が、こうした反応を変えるのかどうかも検討されています。
感情は「判断の外」にあるようで、実は入り込む
私たちはしばしば、
「冷静に考えた」
「感情に流されていない」
と思いながら選択をします。
しかし心理学では、**偶発的感情(incidental affect)**と呼ばれる、
その場の判断とは直接関係のない気分が、意思決定に影響することが知られています。
たとえば、
-
楽しい気分のとき
-
なんとなく落ち込んでいるとき
同じ選択肢を前にしても、感じ方や評価が微妙に変わることがあります。
ただし、
「ポジティブな気分だとリスクを取りやすいのか」
「ネガティブな気分だと慎重になるのか」
については、研究によって結果が分かれてきました。
そこで今回の研究は、実験的に気分を操作しながら、リスクを伴う意思決定を詳しく観察しました。
注目された「ニアミス」という現象
研究の中心となったのが、**ニアミス(near-miss)**です。
ニアミスとは、
-
当たりにとても近いが
-
結果としては外れ
という状況を指します。
スロットマシンでいえば、
-
同じ絵柄が3つそろい
-
4つ目だけ違う
といった状態です。
金銭的には「完全なハズレ」と同じでも、
人はニアミスをより印象的で、悔しく、気になる出来事として感じやすいことが知られています。
研究の方法
参加者
18〜39歳の成人58名。
ギャンブル依存や感情認識の大きな困難がある人は除外されています。
気分の操作
VRヘッドセットを使い、
-
アニメ映像
-
音楽
-
文章
-
感情的な写真
を組み合わせた多感覚ムード誘導手続きによって、
-
ポジティブ気分
-
ネガティブ気分
-
中立気分
のいずれかを作りました。
ギャンブル課題
参加者はVR空間のスロットマシンで100回の試行を行います。
結果は以下の4種類。
-
勝ち
-
完全な負け
-
ニアミス
-
引き分け
計測したもの
-
次の賭けでどれくらいリスクを取るか
-
決断までの時間
-
脳波(EEG)による脳活動
行動の結果:人は「勝ったあと」に慎重になる
最もはっきりしていたのはこの点です。
勝った直後は、リスクの高い賭けをしにくくなる
一方で、
-
ニアミスのあと
-
完全な負けのあと
には、勝ったあとよりも高リスクな選択をしやすくなっていました。
特に、
ニアミスのあと > 完全な負けのあと
の順で、リスクを取りやすい傾向が見られました。
つまり、
「惜しかった体験」は
「完全に外れた体験」よりも、
次の挑戦を促しやすいのです。
決断時間の結果:勝つと一度“間”が生まれる
参加者は、
勝ったあとに、次の賭けを決めるまでの時間が最も長く
なっていました。
これは**ポスト・リインフォースメント・ポーズ(Post-Reinforcement Pause)**と呼ばれ、
「報酬を得たあとに一瞬立ち止まる現象」
として知られています。
勝つと安心し、
すぐに次へ進まず、少し間が空く。
一方、ニアミスや負けのあとでは、比較的すぐ次の選択に移っていました。
脳の結果①:報酬関連の反応(リワード・ポジティビティ)
脳波の中で、**リワード・ポジティビティ(RewP)**と呼ばれる成分が分析されました。
これは、
「思っていたより良い結果だったかどうか」
を素早く評価するときに現れる反応です。
結果は以下の順でした。
勝ち > ニアミス > 引き分け ≒ 完全な負け
ニアミスは、
-
完全な負けよりも
-
勝ちに近い反応
を示しました。
脳はニアミスを、
「完全な失敗」としては処理していなかったのです。
脳の結果②:注意と意味づけの反応(P300)
P300と呼ばれる成分は、
-
どれくらい注意を向けたか
-
どれくらい重要な出来事と感じたか
を反映すると考えられています。
こちらも、
勝ち > ニアミス > 引き分け > 完全な負け
という段階的なパターンでした。
ニアミスは、
「報酬はないのに、脳が強く反応する出来事」
として扱われていました。
気分は影響したのか?
意外なことに、
-
ポジティブ気分
-
ネガティブ気分
-
中立気分
の違いによる有意な差はほとんど見られませんでした。
行動でも脳波でも、
気分の違いは大きな影響を示さなかったのです。
研究者たちは、
-
気分が課題と直接関係しない「偶発的」なものだった
-
誘導効果が短時間だった
-
サンプル数が比較的少なかった
といった理由を挙げ、慎重に解釈しています。
この研究が示していること
この研究は、次の点を静かに示しています。
-
人は結果を金額だけで評価していない
-
「惜しかった」という体験は、脳の中で半分ご褒美のように処理される
-
だからこそ、ニアミスは行動を続けさせやすい
つまり、
リスク行動は、意志の弱さだけで説明できない
ということです。
脳の評価システムそのものが、
ニアミスを「意味のある出来事」として扱っているのです。
VRを使う意味
今回の研究では、実験室の画面ではなくVR環境が使われました。
これにより、
-
没入感
-
現実に近い感覚
の中で行動を測定できました。
研究者たちは、VRと脳波を組み合わせる方法が、
-
ギャンブル行動
-
リスク選択
-
依存傾向の理解
において有望だと述べています。
まだ残る問い
この研究は探索的(exploratory)な性質を持っています。
今後は、
-
より強い気分操作
-
課題と関連した感情誘導
-
臨床集団(ギャンブル障害など)
での検証が必要とされています。
おわりに
「もう少しで成功だった」
という感覚は、
私たちを励ますこともあれば、
知らないうちに行動を引き延ばす力にもなります。
それは性格の問題というより、
脳の仕組みに組み込まれた性質なのかもしれません。
この研究は、
人がなぜ同じ選択を繰り返してしまうのか、
その背景にある静かなメカニズムを、そっと照らしています。
(出典:Current Psychology DOI: 10.1007/s12144-025-08756-1)

