- 研究ではネガティブ画像が最も早く見られ、長く注視される傾向があることが分かった。
- 時間が経ってもネガティブ刺激への注意が続き、ポジティブにはあまり移らなかった。
- 性別の差はほとんどなく、危険を学ぶための適応としてこの注意パターンがあると考えられた。
私たちは日常の中で、楽しいもの、悲しいもの、怖いもの、何気ないものなど、さまざまな視覚情報に囲まれて生きています。
その中で、自分では気づかないうちに「つい見てしまうもの」があります。
事故のニュース。
ショッキングな写真。
痛々しい場面。
「見たくない」と思いながらも、なぜか視線が引き寄せられてしまう。
この現象は、単なる好奇心ではなく、人間の注意システムに組み込まれた特徴かもしれません。
コロンビアのウニベルシダ・エル・ボスケ心理学部の研究チームは、感情をもつ画像が人の視線パターンにどのような影響を与えるのかを、アイトラッキング(視線計測)を用いて詳しく調べました。
その結果、私たちの注意は、想像以上に一貫してネガティブな刺激に引きつけられ続けることが示されました。
注意は「無作為」には配られていない
人の脳は、目に入るすべての情報を平等に処理しているわけではありません。
重要そうな情報を優先し、そうでない情報を後回しにします。
このような偏りは「注意バイアス」と呼ばれます。
とくに知られているのが、脅威関連刺激への注意バイアスです。
危険そうなもの、攻撃的なもの、不快なものは、生存に関わる可能性があるため、脳が優先的に処理します。
ただし、これまでの研究では次の点がはっきりしていませんでした。
・最初だけネガティブな刺激に注意が向くのか
・時間が経つとポジティブな刺激に切り替わるのか
この「時間的な変化」を明らかにすることが、今回の研究の目的です。
研究の方法
研究チームは、18〜35歳の男女122名を対象に実験を行いました。
うつ病や不安障害などの診断を受けていない人のみが参加しています。
参加者はモニターの前に座り、4枚の画像が同時に表示される画面を自由に眺めます。
表示される画像は以下の4種類です。
・ネガティブ画像(暴力、貧困、死、武器など)
・ポジティブ画像(動物、スポーツ、楽しい活動など)
・ニュートラル画像(人がタイピングしている、座っているなど感情を伴わない人の行動)
・コントロール画像(瓶やベッドなど無生物)
参加者には「写真アルバムを見るように自由に見てください」とだけ伝えられます。
アイトラッカーによって、次の指標が測定されました。
早い段階の注意
・最初に視線が向くまでの時間
・最初の注視の長さ
・最初に見た回数
遅い段階の注意
・合計注視時間
・注視した回数の合計
まず視線を奪うのはネガティブ画像
結果は明確でした。
参加者は、ネガティブ画像を最も早く見る傾向がありました。
次にポジティブ画像、続いてニュートラル画像、最後にコントロール画像です。
つまり、
ネガティブ > ポジティブ > ニュートラル > 無生物
という順序になります。
これは、危険をいち早く察知するために進化してきた仕組みと考えられます。
「良いことを見逃す」よりも「危険を見逃す」ほうが、命に関わるからです。
時間が経ってもネガティブから離れない
さらに重要なのは遅い段階の注意です。
研究チームは、時間が経つにつれてポジティブ刺激に注意が移る「ポジティビティ・バイアス」が起こる可能性を想定していました。
しかし結果は逆でした。
・ネガティブ画像が最も長く見られる
・ネガティブ画像が最も多く注視される
つまり、注意は最後までネガティブ刺激に留まり続けたのです。
なぜ離れないのか
研究者たちは、この現象を「問題」ではなく適応的な機能として解釈しています。
ネガティブ刺激に注意を向け続けることで、
・状況を理解する
・危険のパターンを学習する
・次に備える
といった準備ができるからです。
ホラー映画を見続けてしまう感覚に近いかもしれません。
怖いと感じながらも、どこかで「学習している」状態です。
ポジティブ刺激も無視されているわけではない
誤解してはいけないのは、ポジティブ画像もニュートラル画像も、無生物よりは多く見られています。
とくに「人が写っているニュートラル画像」は、無生物よりも強く注意を引きました。
人間の脳は、感情の有無にかかわらず人そのものに強い関心を持つようにできていると考えられます。
男女差はほとんど見られなかった
男女による大きな違いは見られませんでした。
つまり、この注意パターンは性別に関係なく共通する特徴だと考えられます。
この研究が示す大きなメッセージ
この研究が伝えているのは、
人は「ネガティブなものに引きずられてしまう弱い存在」なのではなく、
危険から学ぶためにネガティブ情報を優先処理する存在である、ということです。
ネガティブな情報に目が向くのは、欠陥ではありません。
生き延びるための設計です。
日常生活への示唆
私たちはしばしば、
「暗いニュースばかり見てしまう自分はダメだ」
「もっと前向きにならなければ」
と感じます。
しかし、この研究は別の視点を示します。
ネガティブ情報に惹きつけられるのは、
あなたが壊れているからではない。
あなたの脳が、
「世界の危険を理解しようとしている」
だけかもしれません。
限界と今後の課題
この研究は、精神疾患の診断がない人を対象にしています。
不安障害やうつ病のある人では、異なるパターンが出る可能性があります。
また、文化や社会環境によっても注意の向き方は変わるかもしれません。
研究者たちは、今後、
・臨床群との比較
・異なる国や文化での再現研究
が必要だと述べています。
おわりに
私たちの注意は、想像以上に賢く、そして現実的です。
「楽しいものだけを見る存在」ではなく、
「危険から学ぶ存在」。
この研究は、そんな人間像を静かに浮かび上がらせています。
ネガティブなものから目をそらせないとき。
それは弱さではなく、生きる力の一部なのかもしれません。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0341261)

