- 認知の状態を日常データで捉えようとする「コグニティブ・パーソナル・インフォマティクス」という研究がある。
- ウェアラブルなどの指標だけでは認知は文脈に依存しており、同じ反応時間でも人によって状況が変わる。
- データの伝え方やAIの使い方には慎重さが必要で、倫理や個人差を配慮した設計が求められる。
心の状態は、数値にできるのか
わたしたちは、日々の生活の中で、歩数や睡眠時間、心拍数といった数値を当たり前のように確認するようになりました。
それらは「体の状態」を知るための情報ですが、では「心の状態」はどうでしょうか。
集中していたのか、疲れていたのか、緊張していたのか。
そうした内側の状態も、数値として知ることができるようになる未来は、本当にやって来るのでしょうか。
この問いを正面から扱っているのが、コグニティブ・パーソナル・インフォマティクスと呼ばれる研究分野です。
今回紹介する研究は、オランダのデルフト工科大学、ドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、ノッティンガム大学に所属する研究者らによって行われました。
研究者たちは、注意や認知的負荷、疲労、ストレスといった「認知の状態」を、日常生活の中でどのように捉え、扱うべきかを問い直しています。
身体の計測と、認知の計測の決定的な違い
身体の状態は、比較的わかりやすく測ることができます。
歩数は数えられ、心拍数も客観的な指標として扱えます。
一方で、認知の状態はそう簡単ではありません。
注意は目に見えず、集中が高いことが常に良いとも限りません。
作業の内容や環境、その人自身の特性によって、「ちょうどよい状態」は大きく変わります。
この研究では、認知データが文脈に強く依存し、主観的で、個人差が非常に大きいことが強調されています。
同じ反応時間でも、ある人にとっては余裕のある状態であり、別の人にとっては限界に近い場合があります。
ウェアラブルは、どこまで心を測れるのか
近年、消費者向けのウェアラブル機器やニューロテクノロジーが急速に普及しています。
耳に装着する脳波センサー、ヘッドバンド型の機器、指輪型デバイスなど、日常生活で使える形状の製品も増えてきました。
これらの機器は、脳波のような直接的な信号だけでなく、心拍変動、皮膚温、呼吸といった生理指標から、認知状態を推定しようとします。
研究者たちは、こうした技術が医療用の計測装置と比べれば精度に限界があることを認めつつも、日常生活の中で長期間使われ始めている現実に注目しています。
「心の状態も、走っているときの心拍数のように確認できるようになるのか」
この問いが、論文全体を通して繰り返し投げかけられています。
データを「理解できる形」にする難しさ
認知の状態を測ることができたとしても、それで問題が解決するわけではありません。
次に問われるのは、得られたデータをどう伝えるか、という点です。
たとえば「作業負荷が高い」と表示されたとき、それは良いことなのでしょうか。
ある仕事では高い集中が求められますが、別の場面では負荷が高すぎるサインかもしれません。
この研究は、認知データを単純なスコアに変換することの危うさを指摘しています。
特に、明確な基準値が存在しない認知状態を、平均や理想値と比較することは、誤解や自己評価の歪みを生む可能性があります。
主観と数値が食い違うとき
認知トラッキングでは、自分の感覚と表示される数値が一致しないことが少なくありません。
集中していたつもりなのに、数値は低い。
疲れていないと思っていたのに、負荷が高いと示される。
研究者たちは、こうしたズレが単なる測定誤差ではないと考えています。
人は、自分自身の状態を必ずしも正確に把握できるわけではありません。
だからこそ、データを一方的に提示するのではなく、
ユーザーが注釈を加えたり、修正したり、文脈を補足できる仕組みが重要だと論じられています。
生成AIは、助けにもなり、危険にもなる
近年の生成AIの発展は、この分野にも大きな影響を与えています。
複数のデータを統合し、個人ごとの傾向を読み取り、言葉で説明することが可能になってきました。
研究では、AIが認知データの解釈を支援し、利用者の振り返りを助ける存在になる可能性が示されています。
一方で、解釈の偏り、利用者の主体性の低下、操作的な使われ方といったリスクも指摘されています。
AIが語る「あなたの心の状態」を、どこまで信じるのか。
その判断を人間自身が手放さないことが、設計上の重要な課題だとされています。
認知を測ることの倫理
この研究は、技術的な課題だけでなく、倫理的な問題にも目を向けています。
心のデータは、どこまでが個人情報なのか。
それは健康データとして扱うべきなのか、それとも別の枠組みが必要なのか。
職場や教育現場で認知データが使われる未来を考えると、
利便性と同時に、監視や評価への転用の危険も見えてきます。
研究者たちは、神経倫理や権利の議論と結びつけながら、
個人差や神経多様性を尊重する設計の必要性を強調しています。
数値化される心と、これからの距離感
この研究は、明確な結論を示すものではありません。
むしろ、「これから何を慎重に考える必要があるのか」を整理するための研究です。
心を測ることは、理解につながる可能性もあれば、
新しい誤解や圧力を生む可能性もあります。
わたしたちは、心の状態を「知りたい」のか、
それとも「管理したい」のか。
コグニティブ・パーソナル・インフォマティクスという分野は、
その問いを、これからも静かに投げかけ続けていくのかもしれません。
(出典:arXiv DOI: 10.1145/3772363.3778687)

