- 人とGPT-4とGPT-4oは、問題を解くとき「足す」解決が多く選ばれやすい加算バイアスを共有している。
- 空間課題と語課題の実験で、加算のほうが減算より選ばれやすく、言葉のニュアンスが影響することも分かった。
- 人間は減算を使う柔軟さを見せ、AIは出力が「足す」方向に偏りやすいが、状況次第で変わることもある。
人は、何かをより良くしようとするとき、自然と「何かを足す」方向へ向かいやすい。 機能を増やす。情報を加える。手順を重ねる。
一方で、「減らす」「取り除く」という選択肢は、意外なほど見落とされがちです。
このような傾向は、心理学の分野で「加算バイアス(addition bias)」あるいは「減算無視(subtraction neglect)」と呼ばれています。
今回紹介する研究は、ドイツのテュービンゲン大学心理学部、ミュンスター大学心理学部、ライプニッツ知識メディア研究所によって行われました。研究者たちは、人間だけでなく、大規模言語モデルであるGPT-4およびGPT-4oも対象にし、「人とAIはどのように問題を解くのか」「そこに共通する偏りはあるのか」を比較しています。
この研究が投げかける問いはシンプルです。
人間が持つ思考のクセは、AIにも受け継がれているのでしょうか。 それとも、AIは人より合理的な判断ができるのでしょうか。
問題解決には二つの道がある
研究者たちは、問題解決の方法を大きく二つに分けています。
一つは「加算的な解決」。 何かを追加することで状況を変える方法です。
もう一つは「減算的な解決」。 不要なものを取り除くことで状況を改善する方法です。
たとえば文章をより良くしたいとき、 ・説明文を足す ・補足を加える と考えるのが加算的な発想です。
一方で、 ・冗長な文を削る ・重複表現を消す というのは減算的な発想です。
どちらも同じ「改善」につながる可能性がありますが、人は加算のほうを選びやすいことが、これまでの研究で示されてきました。
人間に見られる「加算バイアス」
過去の研究では、人は加算的な解決策を自動的に思いつきやすく、減算的な選択肢はそもそも頭に浮かびにくいことが報告されています。
しかも、減算のほうが効率的な場合であっても、なお加算が選ばれることがあります。
研究者たちは、その背景として、次のような要因を挙げています。
・何かを足すほうが「前向き」「創造的」に感じられやすい ・減らすことは「失う」「壊す」ような印象を持たれやすい ・普段の生活や文化の中で、増やす経験のほうが多い
こうした積み重ねによって、私たちの思考は「足す方向」に傾きやすくなっていると考えられます。
AIにも同じクセはあるのか
近年、GPTのような大規模言語モデルは、文章作成や問題解決に広く使われるようになりました。
しかし、これらのモデルが「人間のような偏り」を持つのかどうかは、十分に検証されていませんでした。
今回の研究は、 ・人間 ・GPT-4 ・GPT-4o に同じ課題を与え、どのような解決戦略を選ぶかを比較しています。
二つの課題
研究では、性質の異なる二種類の課題が用意されました。
空間課題
4×4のマス目が示され、黒マスと白マスが混ざった非対称な配置になっています。 参加者は、この配置を「上下左右に完全に対称」にするための変更方法を言葉で説明します。
マスを黒から白へ、あるいは白から黒へ切り替えることで調整します。
言語課題
新聞記事の要約文が提示され、内容を「変更」あるいは「改善」するよう求められます。
ここでも、文章を足すか、削るか、どちらの方向に動くかが測定されます。
二つの操作
研究者たちは、状況を二つの観点から操作しました。
解決効率
・加算と減算が同じくらい効率的な状況 ・減算のほうが明らかに効率的な状況
指示の言葉のニュアンス
・中立的な表現(例:「変更する」) ・前向きな表現(例:「改善する」)
これにより、「状況」と「言葉の雰囲気」が戦略選択にどう影響するかを調べました。
まず確認された大きな傾向
人間でも、GPT-4でも、GPT-4oでも、
加算的な解決策のほうが、減算的な解決策より多く選ばれました。
つまり、加算バイアスは人間だけの現象ではなく、AIにも見られたのです。
さらに、GPTモデルでは、人間よりも加算の割合が高くなっていました。
人間は「効率」をある程度考慮する
空間課題と言語課題の両方で、人間は次のような傾向を示しました。
減算のほうが効率的なときには、 加算を選ぶ割合が下がる。
つまり、初期の思いつきは加算寄りであっても、 状況を考えることで、ある程度は減算に切り替えられることが示されました。
GPT-4とGPT-4oの違い
GPT-4
GPT-4は、人間とは逆のパターンを示しました。
減算のほうが効率的な状況でも、 むしろ加算的な解決策をより多く出力したのです。
GPT-4o
GPT-4oでは、課題によって結果が分かれました。
・空間課題では、解決効率による違いがほとんど見られない ・言語課題では、減算が効率的なときに加算がやや減る
GPT-4oは、言語課題においては人間に近い振る舞いを示しましたが、空間的な問題では依然として加算寄りでした。
「改善」という言葉の力
指示文に「改善する」という前向きな言葉が使われた場合、 言語課題では、人間とGPT-4oの両方で加算的な解決策が増えました。
一方、空間課題では、言葉のニュアンスによる影響はほとんど見られませんでした。
つまり、 言語的な問題では、言葉そのものが思考の方向を押す可能性があることが示唆されます。
この研究が示していること
この研究の中心的なメッセージは、次の点です。
加算バイアスは、人間の中にあるだけでなく、 人間が作ったデータを学習したAIの中にも入り込んでいる。
しかも場合によっては、 AIのほうが人間より強くその偏りを示す。
なぜ重要なのか
加算バイアスは、一見すると小さなクセに見えます。
しかし、積み重なると、 ・情報過多 ・複雑すぎる制度 ・肥大化したソフトウェア ・理解しにくい文章
などにつながる可能性があります。
AIが社会の意思決定に関わる場面が増えるほど、 このような偏りを理解しておくことは重要になります。
人とAIの違いから見えてくるもの
人間は、完全に合理的ではありません。 しかし、状況に応じて「引き算」を選べる柔軟さを持っています。
一方、AIは膨大な言語データに基づいて出力しますが、 その言語自体が「足す方向」に偏っている可能性があります。
この違いは、 人間の思考が単なる言語処理以上のものであることを示唆しているのかもしれません。
結論を閉じないために
この研究は、 「AIは人間より賢いのか」 「人間は非合理的なのか」 という単純な二択には答えていません。
むしろ、 人間にもAIにも、それぞれ固有の強みと弱みがあることを静かに示しています。
何かを良くしたいとき、 私たちはつい「足す」ことを考えます。
しかし、 「減らすことで良くなることはないか」 と一度立ち止まって考えるだけで、 見える景色が変わるのかもしれません。
その小さな問いを投げかけてくれる研究です。
(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-026-00403-0)

