- 認知疲労は「脳の使いすぎ」よりも「変わり方がうまくできない」ときに起きると考えられている。
- 脳は予測を作る装置で、スキーマが硬くなると現実とずれやすくなり、エントロピーが高まって疲れがたまる。
- 疲労を減らすにはスキーマの柔軟性を高め、やり方を変える・別の視点を取り入れる・小さな実験・新しい環境に触れるとよいという示唆がある。
認知疲労は「使いすぎ」ではなく「変われなさ」から生まれるのか
長時間考え続けたあとに感じる、あの独特の重さ。
頭が回らない。集中できない。何かを考える気力が湧かない。
私たちはこれを「疲れた」と呼びます。
そして多くの場合、「脳を使いすぎたから」「エネルギーが切れたから」と説明します。
しかし、フランス・パリ第8大学の Laboratory Paragraphe の研究者による最新の理論論文は、まったく異なる視点を提示しています。
認知疲労は、
たくさん使ったから起こるのではなく、うまく変われないときに生まれるのではないか
というのです。
この研究は、脳を「環境と絶えずやり取りするシステム」として捉え、
認知疲労を「脳と環境の関係がうまく噛み合わなくなった状態」として説明します。
鍵となるのは、
・認知スキーマ
・硬直化
・エントロピー
・自由エネルギー原理
という概念です。
一見難しそうに見えますが、考え方自体は私たちの日常感覚と深くつながっています。
脳は「予測する装置」である
この研究の出発点は、脳を「推論装置」として捉える考え方です。
私たちの脳は、
外界の情報をそのまま受け取っているのではありません。
常に、
「次に何が起こりそうか」
「こうなるはずだ」
という予測を立てながら生きています。
そして実際の入力が予測とズレると、
「予測エラー」
が生じます。
脳はこのズレを減らそうとして、
・考え方を変える
・行動を変える
・注意の向け方を変える
といった調整を行います。
この「ズレを小さくし続けること」が、生きていくうえでの基本的な働きだと考えられています。
認知スキーマとは何か
ここで重要になるのが「認知スキーマ」です。
認知スキーマとは、
「世界はこういうものだ」
「この状況ではこう振る舞う」
という頭の中の型のようなものです。
たとえば、
・赤信号は止まる
・レストランでは席に案内される
・文字は読むもの
こうした理解は、いちいち考えなくても自然に働きます。
認知スキーマがあるおかげで、
私たちは毎回ゼロから考えなくて済みます。
つまり、
認知スキーマは脳の省エネ装置です。
スキーマは「安定」を好む
認知スキーマには大きな特徴があります。
それは、
できるだけ変わりたがらない
という性質です。
一度うまく機能したスキーマは、
「このやり方で大丈夫」という前提を維持し続けます。
研究ではこれを、
認知的慣性(コグニティブ・イナーシャ)
と呼びます。
物理の世界で、
動いている物体がそのまま動き続けようとする性質を「慣性」と呼ぶのと同じ発想です。
心にも「慣性」がある、というわけです。
変化する環境とのズレ
問題は、環境が常に変化することです。
・ルールが変わる
・役割が変わる
・状況が複雑になる
こうしたとき、本来ならスキーマを更新する必要があります。
しかし、スキーマが硬くなると、
「今までのやり方」に固執します。
すると、
予測 ≠ 現実
というズレが増えていきます。
エントロピーとは「わからなさ」
この研究では、エントロピーを
不確実性(どれくらい先が読めないか)
として扱います。
予測が当たっているとき
→ エントロピーは低い
予測が外れ続けるとき
→ エントロピーは高い
つまり、
混乱している状態=エントロピーが高い状態
です。
脳はエントロピーを「外に逃がす」
生きているシステムは、内部の混乱を減らすために、
・行動する
・環境を変える
・考え方を更新する
ことでエントロピーを外に逃がしています。
これを研究では、
エントロピーの外在化
と呼びます。
たとえば、
わからない問題にぶつかったとき、
質問したり、調べたり、試したりする。
これが外在化です。
スキーマが硬いと外在化できない
ところが、スキーマが硬直すると、
「自分の考え方が間違っているかもしれない」
という更新が起こりにくくなります。
すると、
・同じ考えを繰り返す
・同じ失敗をする
・同じ戦略に固執する
という状態になります。
つまり、
エントロピーを外に逃がせず、脳の中に溜め込む
ことになります。
これが「認知疲労」として感じられる
研究者は、この状態こそが認知疲労の正体だと考えます。
・考えても整理できない
・集中が続かない
・やる気が出ない
これは、
脳が混乱を抱え込みすぎている状態
なのです。
重要なのは、
「エネルギーが枯れたから疲れた」
のではなく、
うまく更新できず、混乱が積み上がった結果として疲れを感じる
という点です。
疲労はさらにスキーマを硬くする
さらに厄介なのは、ここに悪循環が生まれることです。
疲れる
→ 柔軟に考える力が落ちる
→ スキーマがさらに硬くなる
→ 更新できない
→ もっと疲れる
という循環です。
これが長引くと、
「何をしても疲れる」
「考えるのがしんどい」
という状態になります。
ストループ課題が示すもの
有名な心理実験に「ストループ課題」があります。
文字で「赤」と書かれているが、インクは青。
このとき、
「青」と答えなければいけません。
しかし私たちは自動的に「赤」と読んでしまいます。
これは、
「文字は読むもの」という強いスキーマがあるからです。
このスキーマを抑え込むには大きな努力が必要になります。
研究者は、
このようなスキーマと現実の衝突が繰り返されると、認知疲労が増していくと考えます。
認知疲労は「努力不足」ではない
この理論がもつ大きな意味は、
認知疲労を
「意志が弱い」
「根性がない」
「集中力が足りない」
といった個人の問題として扱わない点にあります。
認知疲労は、
脳と環境の関係がうまく噛み合っていないサイン
なのです。
では、どうすればよいのか
研究は直接的な治療法を示すものではありませんが、示唆はあります。
重要なのは、
スキーマの柔軟性を高めること
です。
たとえば、
・やり方を意図的に変える
・違う視点を取り入れる
・小さな実験をする
・新しい環境に触れる
こうした行為は、
スキーマを少しずつ更新する助けになります。
結果として、
エントロピーが外に逃げやすくなり、
認知疲労が和らぐ可能性があります。
まとめ
この研究が示しているのは、
認知疲労とは、
「脳が働きすぎた結果」ではなく、
「変われなさが積み重なった結果」
かもしれない、ということです。
私たちが疲れるのは、
怠けているからでも、能力が低いからでもありません。
むしろ、
同じやり方で頑張り続けているからこそ疲れる
のかもしれません。
認知疲労は、
「少し立ち止まって、やり方を変えてみよう」
という、脳からの静かなメッセージなのです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1556597)

