- 研究はエディンバラ大学とタルトゥ大学の研究者とエストニア・バイオバンクのデータを使って行われました。
- 性欲は個人の内面的なものなので、年齢や性別、結婚状況などだけで完全には説明できません。
- 年齢・性別・家族構成・パートナーの有無などは説明に寄与しますが、説明できる割合は少なく、個人差が大きいです。
研究はどの組織によるものか
この研究は、エディンバラ大学心理学系の研究者と、エストニアのタルトゥ大学心理学研究所に所属する研究者によって行われました。
分析には、エストニア・バイオバンクという国規模のデータ基盤が用いられています。
性欲は「個人的」なのに、「説明」されがちである
性欲はきわめて個人的な体験です。
それにもかかわらず、年齢のせい、性別の違い、結婚しているかどうか、子どもがいるかどうか、といった一般的な要因で語られることが多い領域でもあります。
研究者たちは、こうした通念に対して、あらためて根本的な問いを立てました。
年齢やジェンダー、家族構成、パートナーとの関係といった「基本的な情報」だけで、人の性欲はどれほど説明できるのか。
そして、その説明力はどの程度まで信頼できるのか、という問いです。
これまでの研究が抱えていた限界
性欲に関する研究は、これまでも数多く行われてきました。
しかし多くの場合、サンプル数が少なかったり、特定の年齢層や文化圏に限られていたり、調査項目が限られていたりしました。
また、「この要因が影響する」「あの要因が関係する」と個別に示されることはあっても、
それらを同時に考慮したとき、どれくらいの割合が本当に説明できているのかは、あまり明確にされていませんでした。
エストニア・バイオバンクという特別なデータ
この研究の特徴は、非常に大規模で、かつ一般住民を広く含むデータを用いている点にあります。
エストニア・バイオバンクには、成人男女を中心に、健康状態や生活状況、心理的特性に関する詳細な情報が集められています。
本研究では、その中から性欲に関する質問項目を含むデータを抽出し、
年齢、ジェンダー、パートナーの有無、婚姻状況、子どもの有無など、基本的な社会人口学的要因との関係が分析されました。
性欲の測定は、どう行われたのか
研究では、参加者が自分自身の性欲の強さを評価する質問項目が用いられました。
ここで測定されているのは、特定の行動回数やパートナーとの頻度ではなく、
あくまで主観的に感じられている性欲の程度です。
この点は重要です。
性欲とは外から観察できる行動ではなく、本人の内的体験として存在するものだからです。
年齢と性欲の関係は、単純ではなかった
分析の結果、年齢と性欲のあいだには確かに関連が見られました。
しかし、その関係は一直線に減少する、というような単純なものではありませんでした。
若年層と中年層、高齢層では傾向が異なり、
またそのパターンはジェンダーによっても異なる形を示していました。
つまり、「年を取ると性欲は下がる」という一般的な言い方は、
データ全体を正確に表しているとは言えないことが示されたのです。
ジェンダー差は存在するが、それだけでは足りない
平均的には、ジェンダーによる性欲の違いも確認されました。
しかし、その差の大きさはしばしば誇張されがちであることも明らかになりました。
同じジェンダーの中でも個人差は非常に大きく、
ジェンダーという一つの属性だけで、個人の性欲を説明することはできません。
研究者たちは、平均値の差よりも分布の重なりに注目する必要性を示唆しています。
パートナーの有無と関係性の影響
パートナーがいるかどうか、現在の関係がどのような状態にあるかも、性欲と関連していました。
ただし、これも単純な因果関係として捉えることはできません。
パートナーがいるから性欲が高い、あるいは低い、という一方向の説明ではなく、
性欲と関係性が相互に影響し合っている可能性が示唆されています。
子どもを持つことは、性欲をどう変えるのか
子どもの有無も、性欲と関連する要因の一つでした。
しかし、その影響はジェンダーや年齢、パートナー関係の状況によって大きく異なっていました。
この結果は、「子どもができると性欲が下がる」といった単純な言説が、
実際には多くの前提条件を省略していることを示しています。
では、どれくらい説明できたのか
研究者たちは、これらの要因を統計モデルに組み込み、
性欲の個人差のうち、どれくらいが説明できるのかを検討しました。
その結果、年齢、ジェンダー、家族構成、関係性といった基本的な要因だけで説明できる割合は、
決してゼロではないものの、限定的であることが明らかになりました。
言い換えれば、
「よく語られる要因をすべて集めても、性欲の大部分はなお説明しきれない」
という結果だったのです。
説明できない部分が示しているもの
この「説明できなさ」は、研究の失敗を意味するものではありません。
むしろ、性欲がきわめて個人的で、多層的な現象であることを、データが正直に示していると考えられます。
性欲は、身体的状態、心理的要因、過去の経験、価値観、文化的背景など、
数値化しにくい要素と密接に結びついています。
性欲を「平均」で語ることの限界
本研究は、平均的な傾向を示すことはできても、
個人の体験をそのまま説明できるわけではない、という限界も同時に示しています。
統計的な説明と、個人の実感とのあいだには、常にずれが存在します。
そのずれを無視してしまうと、「普通はこうだ」という言葉が、
誰かを不必要に追い詰めてしまうこともあります。
この研究が残した余白
研究者たちは、性欲の個人差を理解するためには、
より多様な心理的・関係的要因を含めた研究が必要であると示唆しています。
同時に、すべてを説明しきろうとする姿勢そのものを、
少し立ち止まって考える必要があるのかもしれません。
性欲は説明できる部分もあれば、説明しきれない部分もある。
その両方を含んだまま、人の体験として尊重すること。
この研究は、データを通して、その静かな前提を私たちに差し出しているようにも見えます。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-025-23483-0)
