- 教室の沈黙には、学習のための黙りと、不安や恐れで生じる黙りの2種類がある。
- 社会不安が高いほど発言を控える傾向が強く、対人関係の満足感は不安を通じて沈黙を減らす働きをする。
- 対人関係の良さは直接的にも沈黙を減らす可能性があり、文化だけで説明せず、不安との関係を重視して考えるべきだ。
人間関係と不安がつくる「沈黙」の心理構造
大学の教室で、質問が投げかけられても手を挙げられない。意見はあるのに、言葉にできないまま時間が過ぎていく。こうした「教室の沈黙」は、特に中国の大学では珍しい光景ではありません。文化的に、静かに聞く態度が尊重されてきた背景もあり、沈黙は必ずしも否定的に捉えられてこなかったからです。
しかし、この沈黙は本当に「文化」だけで説明できるものなのでしょうか。今回紹介する研究は、教室で黙ってしまう学生の行動を、人間関係の満足感と社会不安という心理的な要因から丁寧に分析しています。この研究が示したのは、「沈黙=性格や文化」という単純な理解を超えた、より立体的な心理の流れでした。
教室の沈黙には種類がある
研究者たちはまず、「沈黙」と一言で言っても、その中身は一様ではないことを整理しています。
考えをまとめるために意図的に黙っている場合や、他者の意見を聞くために静かにしている場合は、学習にとって有益な沈黙です。一方で、本研究が注目したのは、不安や恐れによって生じる沈黙です。
間違えたらどう思われるか。笑われないか。評価が下がらないか。こうした不安が強いと、発言そのものを避けるようになります。このタイプの沈黙は、学習機会を減らし、自己効力感や対人関係にも長期的な影響を与える可能性があります。
社会不安という「直接の引き金」
研究の中心となる概念の一つが社会不安です。これは、人前で評価される場面に対する強い不安や緊張を指します。
社会不安が高い学生は、発言する前から「失敗したらどうしよう」「否定されたら耐えられない」と考えがちになります。その結果、発言を控えるという行動が選ばれます。研究では、社会不安が高いほど、教室で黙ってしまう傾向が強いことが、統計的にもはっきりと示されました。
つまり、教室の沈黙を直接的に生み出している要因として、社会不安が大きな役割を果たしていることが確認されたのです。
人間関係の満足感は「不安を通じて」効いてくる
もう一つの重要な要素が、対人関係の満足感です。これは、友人関係、クラスメートとの関係、教員との関係などについて、どれだけ安心感や支えを感じているかを表します。
この研究の特徴は、人間関係の満足感が、沈黙に「直接」影響するだけでなく、社会不安を介して間接的に影響する点を明らかにしたことにあります。
人間関係に満足している学生ほど、社会不安は低くなりやすい。社会不安が低ければ、発言への恐れも弱まり、結果として沈黙が減る。この流れが、統計モデルによって一貫して支持されました。
実際、対人関係の満足感が沈黙に与える影響のうち、半分以上は社会不安を通じた間接的な影響でした。これは、人間関係そのものよりも、「その関係が不安をどれだけ和らげるか」が重要であることを意味しています。
それでも残る「直接の効果」
興味深いのは、社会不安を考慮してもなお、対人関係の満足感が沈黙に直接影響する部分が残っていたことです。
これは、人間関係が良いと、多少の不安があっても「話してみよう」と思える動機づけが生まれる可能性を示しています。安心できる環境では、発言が「評価される行為」ではなく、「共同作業の一部」として感じられるようになるのかもしれません。
つまり、人間関係は不安を減らすだけでなく、教室の雰囲気や発言の意味づけそのものを変える力を持っていると考えられます。
「文化だから静か」という説明への再考
中国の学生の沈黙は、しばしば儒教的な価値観や集団調和の重視と結びつけて説明されてきました。この研究は、そうした文化的背景を否定するものではありません。
ただし、研究者たちは、沈黙の背後にある心理的な不安を見落とすべきではないと指摘します。文化が沈黙を許容しやすい環境をつくっているとしても、実際に学生を黙らせている直接的な要因は、不安である場合が多いというのです。
この視点は、「東アジアの学生は静か」という固定的な見方に、慎重な修正を迫るものだと言えます。
教育現場への示唆
本研究は、教室の沈黙を減らすためには、発言を強制するよりも、人間関係の安心感と不安への配慮が重要であることを示しています。
安心して失敗できる雰囲気、間違いが学びの一部として扱われる空気、教師と学生の信頼関係。こうした要素が積み重なることで、社会不安は和らぎ、沈黙も自然と減っていく可能性があります。
沈黙を「やる気がない」「消極的」と判断する前に、その背後にある心理的な負担に目を向けること。その姿勢自体が、教室の空気を変えていく第一歩なのかもしれません。
おわりに
この研究が描き出したのは、
人間関係 → 不安 → 行動
という、静かでありながら説得力のある心理の連鎖です。
教室で黙ってしまうことは、単なる性格や文化の問題ではなく、関係性と感情が絡み合った結果として生じている。その理解は、学生一人ひとりの沈黙の意味を、これまでとは違った角度から照らしてくれます。
「なぜ話さないのか」ではなく、「どんな不安の中にいるのか」。
その問い直しが、学びの場をより開かれたものにしていく可能性を、この研究は示しています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1676791)

