- 二人までは相手の役割を同時に頭の中に取り込む「タスク共表象」が働くが、三人以上では起こりにくくなる。
- 実験では二人のとき干渉がはっきりするのに対し、三〜五人になると成績の違いがほとんど見られなくなることが分かった。
- 自動的に相手を考える仕組みには限界があり、距離や知り合い度が影響する可能性が示唆された。
なぜ「人は複数人になると、相手を同時に考えられなくなる」のか
私たちは日常の中で、誰かと一緒に行動することが当たり前のようにあります。
重い家具を運ぶとき、会議で発言の順番をうかがうとき、あるいは誰かと並んで作業するとき。
こうした場面では、自分の行動だけでなく「相手が何をしているか」「次に何をしようとしているか」を、自然に考えながら動いています。
心理学では、このような現象を**タスク共表象(task co-representation)**と呼びます。
これは「相手の役割や課題を、自分の中でも同時に表象してしまう」という働きです。
これまでの研究では、このタスク共表象は**二人組(ダイアド)**の状況で強く確認されてきました。
しかし、私たちの現実の社会は二人きりで完結することはほとんどありません。
では、三人、四人、五人と人数が増えたとき、私たちの心の中では何が起きているのでしょうか。
この論文は、その問いに初めて正面から取り組んだ研究です。
二人なら起きるが、三人以上では消えてしまう現象
研究者たちは、ジョイント・サイモン課題と呼ばれる実験課題を用いました。
この課題では、画面に示される刺激に対して、自分に割り当てられた色のときだけボタンを押します。
刺激の向きと反応の位置が一致しているかどうかによって、反応の正確さや速さに違いが生じます。
重要なのは、この課題を一人で行う場合と、他者と同時に行う場合を比べる点です。
二人で課題を分担すると、本来は不要なはずの「相手の役割」まで無意識に考えてしまい、成績に干渉が生じます。
これが、タスク共表象の代表的な証拠とされてきました。
本研究では、この課題を最大5人まで同時に行う形に拡張しました。
その結果、非常に明確な傾向が見えてきました。
干渉効果がはっきり確認できたのは、二人組のときだけだったのです。
三人、四人、五人と人数が増えると、成績の違いはほとんど見られなくなりました。
つまり、私たちの心は「二人までは相手を自分の中に取り込めるが、それ以上になると同時には扱えなくなる」可能性が示されたのです。
「自動的に他人を考えている」は本当なのか
タスク共表象は、これまで「自動的に起こる社会的メカニズム」と考えられてきました。
意識的な努力をしなくても、自然に相手の課題を表象してしまう、という見方です。
しかし、この研究結果は、その前提に疑問を投げかけます。
もし本当に自動的で負荷の低い処理であれば、三人、四人でも同時に表象できるはずです。
実際にはそうならなかった。
これは、タスク共表象が思っていたよりも認知的に負荷の高い処理である可能性を示唆しています。
研究者たちは、この結果を「再帰的な心の読み取り」や「会話の人数制限」に関する先行研究とも比較しています。
会話の場では、四人を超えると自然に小さなグループに分かれやすいことが知られています。
しかし、タスク共表象の限界は、それよりもさらに低い位置にあるようです。
距離は重要か、それとも関係性か
この研究では、参加者同士の物理的な距離にも注目しました。
隣に座っている相手(手が届く距離)と、少し離れた位置にいる相手では、干渉の強さが変わるのかを調べたのです。
結果は、はっきりした結論を出すには至りませんでした。
近くにいる相手のほうが影響が強そうな傾向は見られたものの、統計的に決定的とは言えませんでした。
一方で、より興味深いのは社会的な関係性に関する探索的な分析です。
隣に座っている相手が「知っている人」か「知らない人」かによって、反応時間が変化することが示されました。
特に、隣に一人だけ知り合いがいる状況では、干渉が強くなりやすい一方、
両隣が知り合いの場合には、その効果が消える傾向が見られました。
これは、「誰を優先的に心の中で追跡するか」という選択が、無意識のうちに行われている可能性を示しています。
全員を考えられないとき、人はどうするのか
研究者たちは、二つの可能性を考えています。
一つは、人数が増えた時点で共表象が完全に崩壊するという考え方です。
もう一つは、特に重要・目立つ相手だけを選択的に追跡するという考え方です。
本研究の結果は、前者、つまり「二人を超えると共表象そのものが成立しにくくなる」可能性をより強く支持しています。
ただし、親しさなどの要因によって、一部の相手だけが例外的に影響を及ぼす場面もあり得ることが示唆されています。
これは、集団の中で私たちが感じる「誰かの存在がやけに気になる」「全員を同時に把握できない」という感覚と、静かにつながっています。
社会的な心は、想像以上に繊細である
この研究は、私たちの社会的な認知が「万能」ではないことを示しています。
人と人が協調できるのは事実ですが、その基盤には明確な制限があります。
二人までは自然に相手を自分の中に取り込める。
しかし、それ以上になると、心は簡単に追いつかなくなる。
私たちが集団になるとき、うまくいかないことがあるのは、能力や努力の問題だけではありません。
心の仕組みそのものが、そう設計されている可能性があるのです。
この論文は、日常の違和感に静かな説明を与えてくれます。
「なぜ、大人数になると調整が難しくなるのか」。
その理由は、私たちの注意や理解の限界の中に、すでに組み込まれているのかもしれません。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0318545)

