- 現代では魔法は消えず、占いなどが身近な形で生き残っている。
- ポスト世俗と参与的意識が、現代の魔法を理解する鍵となる。
- ウィッカの実践のように、儀式や体験を通じて世界とつながる方法として魔法が存在する。
魔法は消えたのではなかった
――合理的な時代に、なぜ人は「再びつながる」のか
私たちは長いあいだ、「近代化が進めば、魔法や呪術のようなものは消えていく」と考えてきました。
科学が世界を説明し、合理性が社会を支配するようになれば、人はもはや不可思議な力を信じなくなる――そうした見方は、長く常識とされてきました。
しかし現代社会を見渡すと、その前提はどうやら揺らいでいます。
占い、スピリチュアル、魔術、儀式的実践。
それらは消えるどころか、形を変えながら、むしろ身近なものとして存在感を増しています。
この研究は、「魔法はなぜ現代でも生き残っているのか」という問いを、社会学・人類学・宗教研究の視点から丁寧に掘り下げたものです。
鍵となるのは、「ポスト世俗(ポストセキュラー)」という時代認識と、「参与的意識(participatory consciousness)」という考え方でした。
ポスト世俗とは何か
――宗教が消えなかった社会
近代化=世俗化=宗教の衰退。
こうした直線的な理解は、20世紀後半から見直されるようになりました。
現代社会では、宗教的実践やスピリチュアルな感覚が、完全に消えたわけではありません。
むしろ、制度的な宗教から距離を取りつつ、個人化・多様化したかたちで再編成されています。
このような状態を指して、「ポスト世俗」と呼びます。
それは「世俗の後に宗教が復活した」という意味ではありません。
世俗と宗教、合理と信仰、科学と霊性が、はっきり分離できないまま、重なり合って存在している状態です。
研究では、このポスト世俗的な状況こそが、現代における魔法や呪術の存続を理解する前提になると指摘されます。
「脱魔術化」という物語の限界
近代社会を説明する有名な概念に、「脱魔術化」があります。
世界はもはや神秘に満ちたものではなく、計算可能で管理可能な対象になった、という考え方です。
確かに、科学技術の発展によって、自然現象の多くは説明できるようになりました。
しかし研究は、「脱魔術化=魔法の消滅」ではないと強調します。
魔法は、姿を変えただけでした。
現代では、魔法は「超自然的な力の操作」ではなく、
心の働き、想像力、感情、意味づけといった内的な領域へと移行しています。
これを研究では「心理化」と呼びます。
つまり、魔法は外の世界を直接変える力ではなく、
世界との関係の感じ方を変える技法として生き残ったのです。
参与的意識というもう一つの世界の捉え方
ここで重要になるのが、「参与的意識」という概念です。
私たちは普段、因果関係にもとづいて世界を理解します。
原因があり、結果がある。
物と人、主観と客観は分かれている。
これは科学的で合理的な意識のあり方です。
しかし人間の意識には、もう一つのモードがあります。
参与的意識では、
人・物・出来事が、意味や感情を通して深くつながっていると感じられます。
偶然が意味を帯び、象徴が現実に影響を与えるように経験されます。
この意識は非合理ではありません。
論理とは異なるかたちで世界を理解する方法なのです。
研究は、魔法とはこの参与的意識を呼び起こす実践であり、
合理的意識と排他的な関係にあるわけではないと述べています。
ウィッカに見る「現代の魔法」
研究では、現代魔術の具体例として、ウィッカと呼ばれる実践が詳しく取り上げられています。
ウィッカは、自然とのつながりを重視し、儀式や象徴を通じて霊性を体験する実践です。
教義よりも体験が重視され、個人の感覚や意味づけが尊重されます。
儀式では、円を描き、道具を配置し、想像力と身体感覚を使って「別の世界」に入ります。
そこでは、世界は切り離された対象ではなく、相互に関係し合う存在として感じられます。
重要なのは、実践者たちがそれを「単なる演技」や「ごっこ」とは捉えていない点です。
彼らにとってそれは、現実の一つのあり方なのです。
魔法は「信じること」ではなく「経験すること」
この研究が一貫して示しているのは、
魔法を「誤った信念」として扱う視点の限界です。
魔法は、何かを信じ込むことではありません。
特定の状態に入り、世界を特定の仕方で経験することです。
儀式、身体、感情、想像力。
それらが組み合わさることで、世界は意味に満ちたものとして立ち現れます。
研究は、魔法を「現象として経験されるもの」として捉えることで、
それがなぜ現代でも魅力を失わないのかを説明できると述べています。
消えないのではなく、必要とされている
合理性が支配的な社会では、人は効率や管理の中で生きることになります。
その一方で、意味、つながり、身体的実感は希薄になりがちです。
参与的意識にもとづく魔法的実践は、
そうした欠落を補う役割を果たしている可能性があります。
研究は、魔法の存続を「時代遅れの残骸」としてではなく、
近代社会が生み出した条件への応答として位置づけています。
魔法は、過去のものではありません。
合理的な世界に生きる私たちが、それでもなお世界と深く関わろうとするとき、
自然に立ち上がってくる一つのあり方なのです。
(出典:Religions)

