怒りはどこから「群れ」になるのか?

この記事の読みどころ
  • インターネット上で怒りや不公平感などの感情が人から人へ広がり、短い時間で大きな集団の行動につながることがある。
  • 感情の広がりのほか、仲間意識や信頼の変化、不公平感がオンライン集団行動を動かす主な要素として挙げられている。
  • こうしたオンラインの集団行動は、SNSが情報をすぐ拡げることと、人間の感情が集団の力になる仕組みで生まれると説明されている。

ある出来事を見て、突然、多くの人が同じ感情を共有し始めることがあります。

誰かの投稿をきっかけに、SNSでは怒りや不満が急速に広がることがあります。最初はほんの数人の声だったはずなのに、気づけば何万人もの人が同じ話題について議論し、批判し、時には行動を呼びかけています。

こうした現象は、いわゆる「炎上」と呼ばれることもあります。
しかしそれは単なる騒ぎなのでしょうか。それとも、人間の心理の中に、こうした集団行動を生み出す仕組みがあるのでしょうか。

多くの人は、社会運動や集団行動は「理性的な判断」の結果だと考えています。
つまり、人々が状況を冷静に分析し、利益や損失を考えたうえで、合理的に行動を選ぶという考え方です。

しかし、インターネットの時代には、少し違う現象が起きている可能性があります。

ある研究は、オンラインで生まれる集団行動の中心には、理屈ではなく「感情」があるのではないかと指摘しています。


インターネットが変えた社会の動き方

人間は昔から集団で行動してきました。

政治運動、社会運動、抗議活動など、多くの社会の変化は、個人ではなく集団の行動によって起こってきました。

しかし、インターネットの登場によって、その形は大きく変わりました。

以前は、同じ問題意識を持つ人が集まるには、地理的な制約がありました。
会議や集会、新聞などを通して、人々はゆっくりとつながっていきました。

しかし現在では、SNSという空間があります。

誰かが投稿をすれば、その情報は瞬時に広がります。
同じ考えを持つ人はすぐに見つかり、共通の話題を共有し、同じ行動を取ることができます。

その結果、オンラインでは短い時間のうちに巨大な集団が形成されることがあります。

こうしたオンライン集団行動は、社会問題を可視化し、時には社会を動かす力になります。
一方で、怒りや対立が急速に拡大することもあります。

では、このような現象はどのようにして生まれるのでしょうか。


30万語のデータから見えてきたもの

この問いに取り組んだ研究があります。

研究者たちは、SNSで起きたオンライン集団行動の事例を集め、そこに現れる人々の言葉や感情を分析しました。

対象となったのは、16のオンライン事例です。
SNS投稿やニュース記事などを合わせると、分析されたテキストは30万語以上にのぼりました。

この膨大なデータを読み取り、研究者たちは、オンライン集団行動がどのように生まれ、広がり、変化していくのかを整理していきました。

その結果、ある共通した構造が浮かび上がってきました。

オンライン集団行動には、いくつかの心理的な要素が組み合わさっているというのです。

特に重要なものとして、次の五つが挙げられました。

・感情の広がり
・信頼の変化
・不公平感
・仲間意識
・行動のきっかけ

これらは、どれも特別なものではありません。
むしろ、人間の社会生活ではごく普通に見られる感覚です。

しかし、インターネットの環境では、それらが非常に強く働くことがあります。


感情は人から人へ広がる

研究で特に重要だとされたのが、感情の広がりです。

誰かが怒りを表明すると、それを見た人も怒りを感じることがあります。
さらにその人が投稿をすると、別の人も同じ感情を持つようになります。

こうして感情は、人から人へと伝わっていきます。

現実の社会でも感情は伝わりますが、SNSではその速度が非常に速くなります。

投稿は何千回、何万回と共有されます。
そのたびに、同じ感情に触れる人が増えていきます。

すると、ある感情が社会の中で一気に広がることがあります。

この現象は、まるで感染のようにも見えます。

研究では、こうした感情の広がりが、オンライン集団行動の最初の引き金になっている可能性が示されています。


「不公平だ」という感覚

次に重要なのが、不公平感です。

人は、自分や他の人が不当に扱われていると感じたとき、強い感情を抱くことがあります。

この感覚は、必ずしも自分自身が被害を受けていなくても生まれます。

ニュースや投稿を見て、「それはおかしい」と感じるだけでも、不公平感は生まれます。

そして、その感覚を多くの人が共有すると、問題は個人の出来事ではなくなります。

それは「私たちの問題」になります。


仲間という感覚

オンラインでは、人々はすぐに共通の立場を見つけます。

同じ意見の投稿に「いいね」が集まり、同じハッシュタグが使われ、同じ話題について議論が続きます。

すると、人々のあいだに「私たちは同じ側にいる」という感覚が生まれます。

この仲間意識は、行動を起こす大きな力になります。

人は、自分が属していると感じる集団のためには、行動しやすくなるからです。


信頼が崩れるとき

研究では、信頼の変化も重要な要素として指摘されています。

企業や組織、政府などに対する信頼が揺らぐと、人々の反応は大きく変わります。

それまで問題にしていなかったことが、急に強い批判の対象になることがあります。

信頼が崩れると、人々は「このままではいけない」と感じやすくなります。

そして、その感情が広がることで、集団行動が生まれることがあります。


感情が行動を動かす

こうした要素が重なると、感情はやがて行動へと変わります。

投稿する。
共有する。
署名する。
抗議を呼びかける。

最初は小さな行動でも、多くの人が同じことをすると、大きな社会的影響を持つことがあります。

研究者たちは、この過程を整理し、「感情によって動かされる集団行動」というモデルを提案しました。

そこでは、感情の広がりが中心にあり、そこからさまざまな心理的要素が組み合わさって行動が生まれると説明されています。


この研究を行った組織

この研究は、中国の研究者による共同研究として行われました。

中心となったのは、中国の 燕山大学 経済管理学院 と、
北京師範大学 人文社会科学高等研究院 の研究チームです。

研究者たちは、オンライン社会で起きる集団行動を心理学的な視点から理解することを目指し、大量のテキストデータを分析しました。

その結果、オンライン集団行動は単なる偶然や騒ぎではなく、人間の感情と社会関係の相互作用によって生まれる可能性があることを示しています。


人はなぜ一緒に怒るのか

SNSで怒りが広がるとき、多くの人は「なぜこんなことが起きるのか」と疑問に思います。

しかし、この研究が示しているのは、それが決して不思議なことではないという点です。

人間は、感情を共有する生き物です。

怒りや不満は、人から人へと伝わります。
そして、それを共有したとき、人々は自分が一人ではないと感じます。

そのとき、個人の感情は、集団の感情になります。

インターネットは、そのプロセスをただ速くしただけなのかもしれません。

誰かの怒りが、別の誰かの怒りになる。
そしてそれが、いつのまにか「私たちの怒り」になる。

オンラインの集団行動は、その瞬間に生まれているのです。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1753234

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