どうして、ちゃんと気持ちを伝えたつもりなのに、すれ違うのか

この記事の読みどころ
  • 自尊感情が高い人は自分の感情を伝えやすく、相手が自分を肯定的にみていそうだと感じるとさらに感情を表しやすくなる。
  • 感情表現が多いほど相手は関係に満足していると感じやすく、相手の感情表現を前向きに受け取ると自分の満足感も高くなる。
  • 実際のカップルでは自尊感情は自分の感情表現に影響するが、相手の満足感には感情表現が直接関係し、長期的には自尊感情→自分の感情表現→相手の満足感の流れが見られる。

自尊感情は、ふたりの関係にどう影響するのか

恋人やパートナーとの関係がうまくいくかどうかは、性格や価値観の相性だけで決まるわけではありません。
日常のやりとりの中で、自分がどのように感じ、どのように気持ちを伝え、相手をどう受け取っているか。その積み重ねが、関係の満足感を形づくっていきます。

中国地質大学(武漢)応用心理学研究所などの研究チームは、大学新入生を対象に、「自分自身の自尊感情」と「相手の自尊感情」が、感情表現を通して関係満足度にどのように影響するのかを調べました。
この研究では、パートナー同士が互いに影響し合うことを前提とした「アクター・パートナー相互依存モデル」という枠組みが用いられています。


自尊感情とは何か、なぜ関係に関わるのか

自尊感情とは、自分自身をどれだけ価値ある存在として感じているかという、全体的な自己評価のことです。
研究では、自尊感情が低い人ほど、恋愛関係の中で不安を感じやすく、相手の気持ちを疑ったり、拒絶に敏感になったりしやすいことが知られています。

一方で、自尊感情が高い人は、関係の中で安心感を持ちやすく、相手を信頼しやすい傾向があります。
こうした違いは、感情の伝え方や行動の選び方にも影響します。


研究の全体像

この研究は、三つの調査から構成されています。

最初の二つの調査では、大学のメンタルヘルス関連授業を受講している新入生を対象に、「恋人とのケンカや対立場面」を思い出してもらう課題が用いられました。
三つ目の調査では、実際のカップルを対象に、長期的な関係の中での傾向が分析されています。

いずれの調査でも、自尊感情、感情表現、関係満足度が測定され、それぞれの関連が検討されました。


自尊感情が高いと、感情はどう表現されるのか

最初の調査では、「自分の自尊感情」と「相手は自尊感情が高そうだと感じているか」という認識の両方が、感情表現と関係していることが示されました。

自尊感情が高い人ほど、対立場面でも自分の気持ちを相手に伝えやすく、前向きな感情表現をしやすい傾向がありました。
また、相手の自尊感情が高いと感じている場合にも、同様に感情を表に出しやすくなることが確認されています。

つまり、「自分は大丈夫だと思えていること」と「相手も自分を肯定的にとらえていそうだと感じられること」の両方が、感情を閉じずに表現することにつながっていました。


感情表現は、相手の満足感にどう影響するのか

二つ目の調査では、感情表現と関係満足度のつながりがより詳しく検討されました。

ここで明らかになったのは、
自分の感情表現が多いほど、「相手はこの関係に満足しているだろう」と感じやすくなること、
そして、相手の感情表現を前向きに受け取れているほど、自分自身の関係満足度も高くなるという点です。

感情を伝えることは、一方通行ではありません。
伝えた側だけでなく、受け取った側の感じ方を通して、関係全体の評価に影響が及んでいることが示されました。


実際のカップルでは、影響のしかたが少し違う

三つ目の調査では、94組の実際のカップルを対象に、より長期的な関係のパターンが分析されました。

その結果、自尊感情は「相手の感情表現」には直接影響せず、「自分自身の感情表現」にのみ関係していることが分かりました。
自尊感情が高い人ほど、自分の感情を表現しやすいものの、それがそのまま相手の表現を変えるわけではなかったのです。

一方で、感情表現そのものは、はっきりとパートナーの満足度に影響していました。
女性の感情表現は男性パートナーの満足度と関連し、男性の感情表現は女性パートナーの満足度と関連していました。

つまり、長く続く関係の中では、「自尊感情 → 自分の感情表現 → 相手の満足感」という流れが、比較的安定した形で存在していることが示唆されました。


なぜ短期と長期で結果が異なるのか

研究者たちは、この違いについて二つの可能性を指摘しています。

一つは、最初の調査では「相手をどう感じているか」という主観的な認識が多く含まれていた点です。
自尊感情が高い人ほど、相手を前向きに捉えやすく、その認識が結果に反映されていた可能性があります。

もう一つは、対立場面という「その場のやりとり」と、日常的に形成された「長期的な関係パターン」の違いです。
短期的なやりとりでは互いの影響が強く出やすい一方、長期的な関係では、それぞれが自分のスタイルに基づいて行動する傾向が強まると考えられています。


この研究が示していること

この研究は、関係満足度が「どちらか一方の性格」だけで決まるものではなく、
自尊感情、感情表現、そしてそれをどう受け取るかという相互作用の中で形づくられていることを示しています。

自尊感情そのものよりも、それが感情表現としてどう現れ、相手にどう伝わるかが重要であること。
そして、感情表現は相手の満足感に直接つながる力を持っていることが、データから静かに示されています。


研究の限界について

この研究にはいくつかの制約もあります。
参加者は中国の大学新入生や若年のカップルに限られており、文化や年齢による違いは考慮が必要です。
また、一部の調査では自己作成の尺度が用いられており、測定方法の違いが結果に影響している可能性も指摘されています。

それでも、自尊感情と関係満足度の間にある「感情表現」というプロセスを、複数の方法で検討した点は、この研究の大きな特徴といえます。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1673074


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