- 発言するか黙るかは性格の問題ではなく、状況とリーダーの振る舞いで変わると説明されている。
- 中国と韓国の大学の研究者が、23カ国の68チーム342名を対象に「ボイス・サイレンス変換」という考えを示した。
- 関係志向的なリーダー行動と心理的安全性が発言と沈黙を柔らかく切り替える力を高め、デジタルツールの活用が多いほど効果が強まるが、文化が違うと効果は弱まること
声を出すか、黙るかは、性格の問題ではなかった
オンライン会議で、言いたいことがあるのに発言できなかった経験は、多くの人に覚えがあるはずです。
とくに国籍や文化の異なるメンバーが集まるバーチャルチームでは、「これを言って大丈夫だろうか」「誤解されないだろうか」と迷い、結果として沈黙を選んでしまう場面が少なくありません。
この論文が問いかけているのは、そうした沈黙を「個人の性格」や「積極性の不足」として片づけてよいのか、という点です。
研究者たちは、声を上げるか黙るかは固定した特性ではなく、状況に応じて揺れ動くプロセスであり、その背後にはリーダーのふるまいとチームの心理的な空気が深く関わっていると考えました。
研究を行ったのはどのような組織か
この研究は、中国・斉魯工業大学(Qilu University of Technology)経営学院と、韓国・水原大学(The University of Suwon)経営学部の研究者によって行われました。
対象となったのは、23カ国にまたがる68の国際バーチャルチーム、計342名のメンバーです。
全員が、日常的にデジタルツールを使い、文化的背景の異なるメンバーと協働する環境に置かれていました。
つまり、この研究は、現代の「普通の働き方」にかなり近い状況を切り取ったものだと言えます。
「発言」と「沈黙」を行き来するという発想
この論文の特徴の一つは、「発言(ボイス)」と「沈黙(サイレンス)」を、対立する固定的な行動として扱っていない点です。
研究者たちは、実際の職場では、人は常に発言し続けるわけでも、常に黙り続けるわけでもないことに注目しました。
その代わりに提示されたのが、「ボイス・サイレンス変換」という考え方です。
これは、状況に応じて発言と沈黙を使い分ける柔軟さ、あるいは揺れ動く傾向そのものを捉えようとする概念です。
重要なのは、「今日は発言したか、しなかったか」を問うのではなく、
「この人は状況が変われば、発言する側にも沈黙する側にも移れるのか」という視点です。
鍵になるのは「関係志向的なリーダー行動」
では、その変換を後押しする要因は何なのでしょうか。
研究者たちが注目したのが、リーダーの「関係志向的な行動」です。
関係志向的な行動とは、業務の指示や成果管理だけでなく、
メンバー一人ひとりへの配慮、支援、感情への気づきを大切にするふるまいを指します。
たとえば、
・意見の内容だけでなく、発言しようとした姿勢を尊重する
・困っている様子に気づき、声をかける
・文化的な違いを前提として、誤解が起きても責めない
こうした行動が、オンライン環境でも意味を持つのかどうかが、この研究の中心的な問いでした。
心理的安全性という「見えないクッション」
分析の結果、関係志向的なリーダー行動は、直接的にも間接的にも、ボイス・サイレンス変換を促すことが示されました。
とくに重要な役割を果たしていたのが、「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、「このチームでは、失敗や率直な意見表明をしても大丈夫だ」と感じられる共有された感覚のことです。
誰かに否定されたり、不利益を被ったりする不安が小さい状態とも言えます。
研究では、
関係志向的なリーダー行動
→ 心理的安全性が高まる
→ 発言と沈黙を柔軟に切り替えられるようになる
という流れが、統計的にも明確に支持されました。
文化の違いは、効果を弱めることもある
一方で、この効果はどんな状況でも同じ強さで現れるわけではありませんでした。
文化的な価値観の違いが大きいチームでは、関係志向的な行動の効果が弱まる傾向が見られました。
研究者たちは、その理由として、
・リーダーの配慮が、文化によっては「距離が近すぎる」と受け取られる
・上下関係を重視する文化では、発言そのものに高い心理的コストがある
といった可能性を示唆しています。
つまり、「優しさ」や「気遣い」は普遍的に同じ意味を持つわけではなく、文化的な文脈の中で解釈されるということです。
デジタルツールは、人間関係を弱めるだけではなかった
もう一つ興味深い結果は、デジタルツールの使用頻度に関するものでした。
一般には、オンライン環境は人間関係を希薄にすると考えられがちです。
しかしこの研究では、
デジタルツールを頻繁に使うチームほど、関係志向的リーダー行動の効果が強まる
という結果が示されました。
メッセージ、チャット、オンラインミーティングなどの「接点」が増えることで、
小さな配慮やサポートが積み重なりやすくなる可能性がある、と研究者たちは述べています。
この研究が静かに伝えていること
この研究は、「発言できない人」を責めるものではありません。
また、「良いリーダー像」を単純化するものでもありません。
むしろ伝えているのは、
発言や沈黙は、その人の内面だけで決まるのではなく、
関係性、心理的な安全、文化、技術環境が重なり合った結果として生まれる
という視点です。
声を上げるか、黙るか。
その間を揺れ動くこと自体が、人間らしい適応の一部なのかもしれません。
オンラインで、文化を越えて働く時代において、
「なぜ言えなかったのか」を個人に問い返す前に、
「その場は、言える場だったのか」を問い直す必要がある。
この論文は、そうした問いを、静かに、しかし具体的なデータとともに差し出しています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1662897)
