感情はどこに存在しているのか

この記事の読みどころ
  • 感情は心の中だけで起きるものではなく、私と環境の関係の中で生まれるとされている。
  • 荘子の「気」や「気感」の考え方では、感情は場の雰囲気と体の反応の共鳴だ。
  • 心を空ける「心斎」や無為の姿勢で、感情の流れを自然に保ち、環境と調和したときにウェルビーイングにつながる。

感情は「心の中」だけのものなのか

――中国の大学研究チームが示す、荘子と「雰囲気の哲学」からの新しい答え

中国のレンミン大学(中国人民大学)古典学部西安交通大学 人文社会科学部 哲学科曲阜師範大学 教育学部テンプル大学、そして山東政法学院 公共管理学院の研究者チームは、古代中国の思想家荘子の哲学と、西洋の現代哲学である**新現象学(ネオ・フェノメノロジー)**を結びつけながら、「感情的ウェルビーイング(情緒的な健康)」について新しい理論的枠組みを提示しました。

私たちはふだん、悲しみや怒り、不安、安心といった感情を、「自分の心の中で起きているもの」だと考えがちです。
しかしこの研究は、そうした見方そのものを問い直します。

感情は、本当に心の中だけにあるのでしょうか。
それとも、私たちと環境との関係の中で生まれているのでしょうか。


感情は「内面」ではなく「関係」の中で生まれる

研究者たちは、感情を次のように捉えます。

感情とは、
人の内側だけで完結するものではなく、
人と環境が相互に影響し合う中で立ち上がる現象である。

たとえば、

・雨の日は理由もなく気分が沈む
・静かな森に入ると落ち着く
・重苦しい空気の会議室に入ると緊張する

こうした経験は、多くの人にとって身近でしょう。

このとき私たちは、「自分の心が勝手に反応している」のではなく、
その場の雰囲気を身体ごと受け取っているとも言えます。

研究では、この空間全体に広がる感情的な性質を**アトモスフィア(雰囲気)**と呼びます。

雰囲気とは、
目には見えないけれど、
確かに「感じ取れてしまう空気」のようなものです。


中国哲学の「気(き)」という発想

荘子の思想の中心には、**気(Qi)**という概念があります。

気とは、

宇宙と万物を満たしている生命エネルギー
すべての存在を成り立たせている流れ

と理解されてきました。

荘子は次のように述べています。

人の生とは、気が集まったものである。
集まれば生となり、散れば死となる。

つまり、人間とは「気の塊」であり、「気の状態」だという考え方です。

この視点に立つと、


身体
自然
社会

は、はっきり分かれたものではなく、
すべてが同じ流れの中にある存在になります。


感情とは「気の共鳴」である

研究者たちは、中国古典思想に見られる**気感(きかん)**という考え方に注目します。

気感とは、

自分の内側と、外の世界を流れる気を、身体で感じ取ること

です。

たとえば、

・冷たい風を「寂しい」と感じる
・春の空気を「やさしい」と感じる

こうした感覚は、温度や湿度だけでは説明できません。

私たちは、物理的刺激と同時に、
意味を帯びた雰囲気を受け取っています。

感情は、

心が勝手に作り出すもの
ではなく
人と世界のあいだで起こる共鳴

だと考えられます。


西洋哲学でも同じ方向が示されている

新現象学の哲学者たちは、感情を空間に広がる現象として捉えます。

悲しみは、
「私の中にある」よりも、
「この場に満ちている」。

怒りも、
「私が持つ感情」よりも、
「その場を包んでいる緊張」。

人は、その空間に入ることで、自然と影響を受けます。

この考え方は、荘子の「気」の思想と非常によく重なります。


なぜ人は苦しくなるのか

荘子は、人の苦しみの原因を、

こうあるべきだ
こうでなければならない

という執着に見出しました。

成功しなければならない
嫌われてはいけない
間違ってはいけない

こうした思いが強まるほど、気の流れは滞り、感情は固まります。

怒り、不安、抑うつは、
性格の問題ではなく、
流れが止まった状態なのです。


心を整える第一歩:心を空ける

荘子は**心斎(しんさい)**という実践を説きます。

心斎とは、

考えをゼロにすること
ではなく
判断をいったん脇に置くことです。

良い・悪い
正しい・間違い

と決めつける前に、
ただ起きていることを受け取る。

すると、気の流れが自然に戻ってきます。


無為という生き方

無為とは、何もしないことではありません。

無理にコントロールしないという態度です。

感情を消そうとしない
変えようとしない
抑え込まない

ただ、通り過ぎるのを見守る。

雲が流れるのを見るように。


鏡のような心

荘子はこう言います。

心を鏡のようにせよ。
映すが、溜めない。

鏡は、像を残しません。

感情も同じです。

起こる
感じる
去る

この循環を妨げないことが、情緒的健康につながります。


感情的ウェルビーイングとは何か

この研究が示す感情的ウェルビーイングとは、

常にポジティブでいること
ではありません。

感情が自然に流れている状態です。

悲しんでもいい
怒ってもいい
不安になってもいい

ただし、そこに住み続けない。

人・身体・環境が調和すると、
感情は重荷ではなく、生命の動きとして感じられます。


現代への意味

この視点は、現代の心理支援やカウンセリングにも重要な示唆を与えます。

個人の考え方だけを変えるのではなく、

・生活環境
・人間関係
・空間の雰囲気

も含めて整える必要があります。

感情は「私の問題」ではなく、
私と世界の関係の状態なのです。


おわりに

中国と西洋の哲学を結びつけたこの研究は、
感情を「管理する対象」から、
ともに生きる流れとして捉え直します。

心を整えるとは、
自分を作り変えることではなく、
世界との関係をやわらかくすること。

荘子の思想は、
そのための静かなヒントを、いまも私たちに与えてくれています。

(出典:Religions

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